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潜入と忍耐
古めかしい木造2階建てのアパート。
外階段を上り、目当ての部屋の前まできて呼び鈴を鳴らす──が、中の住人は出てこない。
人の気配は感じるので、生意気にも居留守を使っているのが分かる。
なので、呼び鈴を連打してやった。
「ちょっ、押し過ぎ! き、近所迷惑ですから……って、え?」
堪えきれずに飛び出してきた男──花嵐は来訪者が私だと認めると言葉を失って固まる。
「やぁ、遊びに来てあげたよ」
ケーキボックスを差し出すと、彼は自分の意思というよりは反射的にそれを受け取ったようだ。だが、"受け取った"という事実には変わりない。
「それでは失礼するよ」
巨体の脇をするりと抜けて室内に入ろうとしたが、我に返った花嵐が行く手を阻む。
「ど、どう、どうしてカリンさんがここにいるんですか?? どうして家が分かったんです??」
これはまた愚問の中の愚問だな。
「言っただろう? 私の望みはすべからく叶うのが道理というものだ。君の家の住所だなんて、霙に聞けば直ぐに教えてくれたよ」
「ミゾレさんっ! お、おれがカリンさんのことを聞いた時は何も教えてくれないのに!!」
「私と君の個人情報が同じ価値なのだと思っているとしたら心外だな。……さぁ早く中へ入れてくれ、ここで言い争っている方が近所迷惑だ」
グッと身体を押しつけると、男は頬を真っ赤に染める。ここまできたらもう私を迎え入れるしかない──はずないのに。
「ち、近くに喫茶店があるのでそこで話しましょうよ、」
まだそんな戯言をぬかす。
「私がそれに賛同するとでも?」
にこりと微笑みながら問うと、花嵐はやっと観念したのか力のない声で言った。
「……どうぞ、」
ふふ、最初からそう言えばいいんだよ。
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