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悲鳴が上がる。
ガッシャーンと大きな破砕音が何度も聞こえ、ガラスが割れるような甲高い音が響く。
混乱が伝播し、ここら一帯は阿鼻叫喚に陥っていた。
「ーー、ーーーーっ!」
不意に、名前が呼ばれてピクリと反応する。
声はまだ遠かったけれど、あの人の言葉は聞き逃してはいけないから。そう、教えられてきたから。
スッと顔を上げて前を見た。変わらぬ暗闇の中で、自分を呼んだあの人がいるであろう方角をただじっと見つめる。
「ッハハ!随分必死に逃げんじゃァねェか!そんなに生きてェかァ!?」
「やめて!!ころ、さないでぇ!!お願い、お願いぃ……」
「おいおい、お返事はどうしたよ?生きてェかって聞いてんだろーがッッ」
「っ、生きたい!!……生きたいです、何でもしますから、どうか……」
あの人の声が聞こえる。
ここまで必死な声を聞いたのはこの10年で初めてかもしれない。
いつからか真っ暗な空間に赤色が差していた。
文字通り燃えるような赤は、ゆらゆらと揺らめいて時折黒いモヤを纏う。イエが燃えているのかもしれない。
「なんでも、ねェ?例えば?」
「例えば……例えば、そう!お金も、食べ物も家も全部あげます!他に欲しいものがあれば用意します!身体も好きにして構いません、命さえあるのならいくらでも!!」
「……ハッくだらねェ。全部目の前で燃えてるってのに何言ってやがる。やっぱ、オマエはいらねェーー」
「ーーっ!イヤ!ま、待って!わたしじゃなくて、あの子を!代わりにあの子を貴方にあげるから!……っ、出てきなさい!」
ああ、呼ばれた。
行かなきゃ。
でも、ふらついてうまく立てない。倒れるたびにガタン、ガタンとぶつかって金属質な壁が鳴るだけ。
早くしないと、また怒られてしまうのに。そう思っても、腕も足も思い通りには動いてくれない。
「ヘェ、身代わりねェ。アンタも大概腐ってンな」
「早く!!早く出てきなさいよ、鈍臭いわね!ああほら、あの中ですっあの物置の中にーー」
あの人の言葉が、途切れる。
庭に敷き詰められた小石がザッザッと音を立て、何者かが近寄ってくるのを知らせた。
「待ってなァ。すぐにテメェも同じトコに送ってやるからよ」
扉一枚隔てた向こう側からの言葉。
ステンレスの壁が熱を持ち、立ち上がる支えとなる腕を焼いていく。
「……っ、ぁ」
「お幸せに、ってなァッ!」
ゴグシャァ、と頑丈な金属が圧壊する音がして、目の前をナニカが通り過ぎた。
踏ん張ることもできなくなった体がドサリと横倒しになったのと同時に、斜め一線にひしゃげた扉。歪に空いた空間は、視界一面、空までも染める凄絶な赤と燃ゆる熱気を訴えてくる。
「んァ?外したかァ?」
のんびりとしているのに鋭利な感覚を抱かせる声音が響き、扉に開けられた穴に手がかけられた。
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