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赤黒いモノで汚れた大きな手がバキバキ、バキバキと扉を剥がしていく。およそ人間離れした膂力をもって閉ざされた空間をこじ開けた破壊者が、こちらを覗き込んでーー
「見ィつけたァ」
薄青の瞳と、深紅の瞳の視線が、交わる。
嬉しそうに、愉しそうに細められた深紅の瞳は掴みどころがなく、ゆらゆらと揺らめく炎 のようだ。
「なァ。あの女がテメェを好きにしていいって言いやがンだ。笑っちまうよなァ?オマエ、愛されてないらしィぜ」
「…………」
何を言ってるのか分からない。
あの女っていうのはあの人のことだと思う。
なら。
愛されてないのは当然だ。
「親子揃って会話できねェのかよ」
「………………」
ナニを言ってるのか分からない。
勝手に話すことはイケナイことなのに、まるで話さないことの方が悪いみたいだ。
目の前の男の顔からスッと表情が抜けた。関心を無くしたように、ずっと遊んでた玩具に飽きたかのように。
ごうごうと燃える炎のようだった瞳は、先程と打って変わって灯火のように静かだ。
この目は見たことがある。
叩かれて、蹴られて、踏みつけられて、最後にあの人が見せるのが決まってこの目だった。
「ちッつまんねェ。お人形さんに用はねェ」
「……………………」
ナニを言ってるのか、ワカラナイ。
あの人は、ただお人形のようにここに居ればいいと言った。それ以外には何もするなと言った。
ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ。
勝手なことはしちゃいけない。だから、待たないと。何をしていいか、何を話していいか、あの人が全て教えてくれるから。
あの人が、全部あの人がーー
「ーーぇ?」
「ンじゃ、サヨナラだ」
男の声も、瞳も、これからすることがさも当然というように、無感動だった。
振り上げられた大斧にはどろりとして黒ずんだナニカが引っ付いていて、くすんだ銀色の細いモノが月の光を反射しきらきらと光る。
けれど、そんなものは全然目に入らなかった。
男の背後、未だ燃え盛る炎にほど近い位置に。
あの人がいた。
恐らく頭であろう場所から様々なモノを溢れさせて倒れているのは、紛れもなく、あの人だった。
あの人が、死んだ。
あの人が死んだ?
「…………っ」
「なんだァ、テメェーー」
なんだ。
死んだのか。
「ーーァハッ」
「随分とイイ顔して笑うじゃァねェかッ」
男はもう大斧を構えていなかった。
ただ、初めて感情を露わにした薄青の瞳を見る。
「ァハハ、ハハはハっアはハハはハ!!」
哄笑が響く。
まるで産声のように響き渡る声と連動するように、隣家にまで燃え広がった炎が猛り、火の粉を散らした。
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