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〈第三話〉アヒルの子日奈子からの手紙(2)
僕はページをめくりながら
気持ちを声にして、つぶやいてみた。
安心したよ…
安心したよ…
彼女は幸せになる。
彼女は幸せになる。
喜びの涙じゃ、ない。
じゃあ、この想いは何?
思い残し…
声が震えた。
生涯だって共にしたかった女のコ。
性的な接触が苦手な僕はキスすらできなかった。
彼女はありのままの僕で構わないと
学校を休んで会わなかった日に
構内から電話を掛けてくれた。それは秋の終わり。
「ずっとあなたを受け入れ続けます」
理想的だ。
…それでも僕はダメだった。
捧げてくれようとしたのに、ダメだった。
初恋は3学期が始まって2回目の大雪が降り続き
もう前を見れなくなった週末の朝を最後に僕のほうから遠ざかった。日奈子は優しすぎて自分の将来、現実を見ようとしてなかった。何時もの他のコみたいにバッサリ切ってくれて良かった。僕と結ばれるために色々気遣い続け解決法を連日、調べてくれていていたせいか?疲れ寝不足気味になり、目の下にクマをつくっていた。そんな横顔をその朝に横目で見ながらはじめて別れを考えた。彼女は春になれば繁殖期に入る。なので僕と今みたいな関係では、いない方がいい。君はお腹に命を宿して輝く。その期間もニ、三年位しかない。
僕は冷却期間を置こうと書き置きし、突然に短期大学も休学して真冬の空から南国の空へと旅行に逃げた。「恋としてはさようならしよう。友人としてはこの先も一緒にいてほしい。出来れば新しい他の人を見つけてほしい」とメールで一方的に別れを送りつけた。携帯でなんて最低。だけどなるべく早く伝えたほうがお互いの将来のために良いと思った。時は人を待たず。数時間して既読は、ついたけど返信はなかった。
自分勝手に彼女を一人にしたのは、なぜか?それは南国へ逃げる前、一ヶ月少し前の年末のパーティーの席で、ひとりの男が日奈子に声をかけていたのを覚えていたから。見て見ぬふりしながらその男へ誘導している自分がいた。なぜ…?その頃からさらに自分に自信がなくなっていたのと、偶然…(運命?)も重なった。日奈子と旦那のはじめての顔合せになってしまった、そのパーティーで僕は招待客として招かれていた。そして日奈子を創作の共同制作者として皆に紹介していた。
僕の本職は画家で日奈子の旦那(今は、まだ旦那と言いたくない
)と共通の画家の知り合いがいる。旦那は世間で少し名のしれたパティシエ(お菓子職人)で、その画家の個展のオープニングパーティーのスイーツを担当していた。メインの料理の後に、やたら甘くて皮が分厚いアップルパイが出てきた。日奈子は、一口そのアヒル口で添えられていたバニラアイスをなめた後に、アップルパイも、なんと3個もパクつき「おいしー!」と、レシピを聞き出し熱心にメモしていた。
彼女は手作りスイーツが上手だった。僕は甘いものはあまり食べない…でも付き合っていた頃は、たくさん食べた。美味しく食べると彼女は笑顔になり大きな目を輝かせる。それはマジでとても可愛かったんだ。(今、思い出して僕は情けなく泣きそうになっているは、わかるだろう?)
日奈子の旦那になったパティシエ…は、働き者で人懐こくユーモアがあった。そして気配りも自然体で温い…社交的な男。成功するタイプによく見られる華やかさ…(それに比べ…自分を卑下するのは!いけないけど僕は蛇男と悪口を言われた事もある)浮気以外は人として信頼できるタイプ。実はこの頃には僕と日奈子の恋愛はぎこちなく家に一緒にいても会話も少なり、他の人とダブルデートなんかしてみて時間を埋めていた。だからこのパティシエと会話する日奈子を少し遠くでみていたら、予感がした。
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二人で手と手をとり一つのスイーツを…美しく大きな白い翼が生えた大きなケーキを作る姿。それは池に舞い降りた白鳥の姿。寒さの中を白い息を吐きながら求愛ダンスする。頭を寄せハートマークを作ったり、楽しそうに歌ったり…舞い上がる。
〉アヒルは一夫一婦制で生涯ひとりのつがいと共に過ごします。
日奈子は他のアヒルの子達より古風な考えを持っていた。
正確に言うとアヒルの祖先のマガモは、
ワンシーズンの一夫一妻制。
日奈子が大人の広い世界に暮らすようになると「家禽」として品種改良されたアヒルの一夫多妻制の色がより濃くなるのではないか?
それが心配だった。
二人の共通の恋愛、結婚に関する価値観、
「生涯ひとりの人を愛する」。
僕といればその考え方のまま過ごせると思った。
もちろんこの考え方を誰かに押し付けるつもりではない。
二人の相手に対する理想の姿なだけ。
結局、僕は、アヒルの妊娠や結婚の時期そして繁殖期に間に合わなかった。春になった今、君は輝いた。そう、なぜ?パティシエに誘導したかという理由。「僕以外の伴侶とは、この価値観を共通の夢にしてほしくなかった」僕は君自身というより二人の夢をとった残酷な支配者になった。さよなら後の君は人に飼われ家禽になったアヒル。理想の姿は姿のまま空想の夢の中で育て続けて行きたかった。
君にとってつがいになろうとしていた日々。人間の僕といた季節の秋から冬の時期の日々は愛と性的生活未満の欲求不満状態だったと思う。何しろ繁殖的オープニングメロディーも聴こえない愛の巣の中に二人は居た。毎週一回の週末に未だ君に触れることない口づけを夢見た。人間の僕ひとりだと直ぐに冷えてしまうから柔らかい白い羽をぴったりと添わせ裸体の肌を暖めてくれた。そして抱きしめ合いベッドの上で朝まで眠った。
頬も寄せ合い手を絡ませると…永遠を感じた…それは愛の崇高な深さでなく、表面を微かに泡立つような甘い刺激。繁殖欲の刺激。…でも…しばらく肌を接触させていると他の恋でもそうなったように僕は毎度の事ながら気分が悪くなり、たまに吐いた。せっかくの手作りスイーツもゴミ箱行き。下半身も力が入らず、なんも変化もしなかった。
出来なかった。今回もまた出来なかった。なんかそうならない。なんでかな?こんなに好きなのに。頬のキスは、できたから触れたけど額から冷や汗が流れた。彼女のしょんぼりと俯く後ろ姿から目をそらせ、空気を変えるのにテレビのお笑い番組をつけた。「またやっちゃった(笑)」。空気がお笑い的な楽しい気分になり、問題をそらしてから服を着た。また来週、来週〜って手を振って部屋を出る。一泊そんな週末。
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数カ月経つと裸になる事も彼女の隣でソファーに寝転ぶ事もせずに自宅から持ち込んだパソコンで平日の残りの仕事を片付けた。彼女に罪はない。一言も責めることも強引に肢体を触らせる事もない。良い彼女だ。PCの下で結婚指輪代わりにつけていた雑貨屋のぽってりとしたガラスの指輪を暖かくなるまであたためた続けた。それでも何も変わらなかった。お笑い番組は、相変わらずつけていて、冷めた空気を埋めるように笑い続けた。年末のパーティーでパティシエに会った後は、日奈子は趣味のスイーツの練習をし始めた。静かで空いた時間を有効に使いたかったんだろう。元々プロを目指して専門学校にもいっていたぐらいなので趣味というより仕事の仕込みたいだった。バッタンバッタンとクッキーの小麦粉の生地を叩いた。
翌日の図書館のお話し会(ボランティアで二人で子供達に紙芝居を読んでいた)の時にカワイイ熊のクッキーを皆にあげるんだと張り切っていた。
勉強熱心な姿に僕は感じた。二人の価値観は一緒、夢の方向も一緒。でも、「その関係性は恋人でない方がいい」
生涯ひとりの人と過すという価値観で、付き合いはじめてからお互いの夢や希望家族の理想像など語った。彼女は結婚の他に一生続けられる仕事として勉強もしている児童文学について語った。以前から彼女の書く言葉…、詩や小説の優しくファンタジックな世界観に好感を抱いていた僕は自信はなかったけど今の描いている自分の絵を見せて「…絵本の世界にも挑戦したい」と申し出た。実際に自身で絵本を描きたくて夏の空いた時間に公開講座を挑戦していたから。
返答は「ブルーさんの絵は素晴らしいです。ぜひ一緒にやりとげましょう」心は一つになった。夢も一緒。共同制作して出版する事になった。男女の恋と友情…(よくある永遠のテーマの一つ)に「あると思う!」とお互いに同時に叫んだ。「もし二人の関係が変わっても、別々の伴侶と共に人生を過す事になっても僕らの友情や夢は変わらない。最終的には、一緒に絵本を作り、世の中の人々に暗い世の中だけど希望のある話しを語り続ける」
今、日奈子からの結婚と妊娠したという報告の手紙…交換日記を読んだ後、その言葉をもう一度さらにもう一度口に出して繰り返していた。確かめそして気持ちを確定するために。
ひとり言は傍から見たらこわそうかと、(部屋に誰もいないけど)昔からの童謡に合わせて替え歌にして歌ってみた。
友
達。
友
達。
友
達。
繰り返す度に彼女の幸せを祈った。
美しく折った手紙は白鳥になって空を飛ぶ。
あとは、続きは見ずに目を閉じ空想の中でさらに高く飛ばそう。
飛べ白鳥!
恋人よ、さようなら。
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と、綺麗に終わらせようとしたけど全然ムリだった。
僕は怒っているのか?ダメと分かっていても未練がましいのか?
なんかわからないけど下半身が勃ってきた。(えーっ?)
天井の上の誰かの家の台所の小さな金属音がカチカチとうるさいのが気になる。いつもは温かいと思うけど…イライラする。
気を取り直し集中力を持って、彼女と彼女の旦那と生まれてくる子供の幸せをイメージした。でもすぐ揺らぐ。
紫色の破壊的な想いが湧き上がる。白鳥の飛ぶ空は曇り始める。
いけない、いけないと、さらに強制的、強めに日奈子の幸せを空想する。
左手にカップを握って固まったままだったので、アールグレイを途中でやめ、気持ちを落ち着けるのに冷蔵庫に冷やしておいたビールを飲むのに透明ジョッキに切り替えた。
友達でいいじゃないか。別れ際に自分から言い出した事が現実になっただけだお前だって歪みながら望んだ事だろう?でもそんな現代的思想の裏側みたいな男女の友達関係っていうキーワードからどんどんどんどんどす暗い紫色の空想が頭の中を広がっていく。急になにもかも思い残しをぶちまけて楽になりたかった。気が付くと枕をテレビにサッカーのゴールシーンのように蹴った。「良い人のフリ」という画面が大写しになった瞬間に。それは画面に当たった。柔らかい枕だったけど電源は落ちた。
さっきまでひとりエッチをして汗した3人がけソファーに(そういえばここにも彼女はいたんだ)仰向けになって額に手を置き電球の光を遮り利き手は、まだ履いているパンツの上のアソコに置いてみた。枕のほこりがカーニバルの終わりみたいにパーッと舞っていて、そのきらきら光っている見えなくらいの毛の一本一本まで、さらにさらに!集中して集中して彼女の幸せを祈る。
すると、偶然に突然にラジオの特別番組「白鳥の湖」がBGM代わりで鳴った。それはオーケストラではなくギターだった。昔、別れた彼氏にアヒル口は始めっから好みじゃないとヒドい事を言われて振られた君は「いつか私は白鳥になりたい。悲しい鉛色の空も優雅に力強く飛ぶ白鳥になりたい」と言った。その時に僕は「今のままの君が好き。僕は好きだから。ずっと側に居て欲しい」と言った。今回の君が僕に言ったのと同じように。
くるくると踊ってみた。ビールの勢いで揺らいで勃って元気な下半身からなんか飛んだ(笑)僕は興奮している。一人だとこんなに元気なんだよ日、奈、子〜〜!!先に行かないで〜!!
自分だって一緒にアレをパパパーんとパーティーのクラッカーのようにハッピーななりになって勢いぴゅーっと飛ばしたい。
じゃ、最後に今日、2回目のひとりエッチを終わらせてもらうよ。
まだ思い残しがあるから終わらせないと僕の恋は先に…前に進めない!!交換日記の最新ページに君のチャームポイントのあひる口のクチビルを一杯に書き込んだ。「この口が好き」とハートマークを描いた。
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3人がけのソファーの上でまたパンツを下げて空想の中、まだ入った事も知りもしない彼女の腰元の白いふさふさした羽の中へ自らの想いのまま花火を上げる。多くの鳥が人のような生殖器官を持たない中でアヒルは僕よりくるくるしたシンボルを持っている。彼女に合わせて僕はアヒルの雄になる。そして人間なんで何度も入れて涙もちょっと入れて愛しまくる(泣)彼女の、ぼさぼさになった羽根白いが舞う…空想の中の彼女も一緒に泣いた。「私も人間になってもっとゆっくりとあなたと一生を過ごしてたかった」。
他の白鳥が去った後は僕らは、別コースの旅行で南国へ行く。
それはどこかの国の夜空。花火の後にまた一つになる。この薄いノートの線の中に「花火は、二人の人生を彩る」と書いた。二人は無事に身も心も結ばれ別の人生が始まる。その朝は目覚めたら綺麗な生活の朝の始まり。きっとそうなる。彼みたいに君を夜に一人にはしない。ここで僕と一生を過す。あたたかな透明なぽってりしたスープ皿と紅茶のアールグレイを前の晩から用意してスプーンでよそう。そんなごく普通の夫婦。隣から寝ぼけまなこで起きてきた君によく似た薄い黄色のカワイイよちよちあひるの子供達と一つ屋根の下で過ごす。
きっとこれくらいの空想は罪でない。きっと…。僕らはもう大人だからきっと自制がきく。一冊の白紙の中の線の間が二人の家。これからも交換日記を書き続け永遠に住み続ける。僕の空想の中の恋人に本当になってしまった元恋人。ペンの中の空想の恋人。
気持ちが良いとても気持ちが良い。意外と不貞な行為をすると気持ちが良い。ダメな行為ほど気持ちが良い「生命とは残酷。宇宙は消化されず思い残した過去の思いだけが彩り豊かに溢れている」悲しい「恋愛」で、あればあるほど。
このまま僕の身体はイッたあと、冷静になって交換日記にはこう書くだろう。さっきのアヒル口のページはもちろん破って。
「素晴らしいですね、おめでとうございます。仲の良かった友人としてとても嬉しいです。お祝いもさっそく贈らせてね。男の子かな?女の子かな?君の子なら可愛いだろう。クリスマスのお話し良かったよ。すぐ挿絵の方は進めます。出版社のほうは僕がお世話になっている所にしたいんだ。ホームページはココのアドレス。時間のあるときにでも見、て、ね!」
僕だって男だ。好きな人にはカッコつけたい。
それだけだ(笑)さあエンドロールだ。
(長い告白を聞いてくれた方、ありがとうございます。
僕はちゃんとイケました。あなたもよかったらイキましょうよ!)
「…二回目のセックス、異種間恋愛と友情はいかがでしたか?」
天井の電球の近くでは終わるのを待っていた不気味に笑う黒鳥が一羽。僕に感想を聞いてきた。白鳥の湖をバレエしながら携帯を見せて次のひとりエッチの画像を指さす。
「もうお腹いっぱいです」と言うと、黒鳥は、
とりあえずアイスを冷蔵庫に用意しましたという。じゃあ少ししてから、またしよっか?と笑った後、惨めにもまた泣いた。やっぱり好きだったんだな本気な恋だったと。しばらく天井を見つめた後に笑いながら向き直り「気が利くじゃない」と誤魔化すように小さな声で付け足した。
ひとりエッチしすぎて汗だくだ(笑)
シャワーを浴びた後、夜風にあたるのに外に出た…。
(アヒルの子日奈子からの手紙編。終)
短編小説オムニバス「恋愛」は、つづく…
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