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〈第五話〉海岸線(2)
近くの駐車場へロータスを預け、
潮風が流れる金曜の夜の屋台群れを歩く。
喉を潤すのにラムネを一本握って。瓶の中の玉がジャラジャラと潮風の湿気を割ってゆく。日常から目覚め、細長く狭い水槽の中に迷い込んだ回遊魚のように辺りをうかがいながらも大股を開き力強く止まらず進む。
人一人分の見えない空気の中を
群衆の肩に弾き飛ばされながら進んでいく。
腰に力を入れないと弾き飛ばされそうだ。半袖の脇と半パンの太ももへ仕事のヤニで汚れ体から滲み出た汗がじっとりと貼り付く。熱気に負けないよう目だけでもギラつかせる。
猫のゲロとエロのピンクチラシに足を滑らせながらも前に進み、
昔こんな所へ来たことがあるような、どうだった?
海開きには、早い6月の初夏。
雑踏に街に色に染められていく。
耳を澄ませ、群衆の声を拾う。
週末は地元の漁師、海から少し離れた場所からやってきた農家の主が一晩の夜の遊び?恋愛の相手?を期待し集まってくる。
海岸線の外れに店があるらしい。
どんなとこ?良い子は揃っている?
俺はそのような店には入ったこともないのに聞く。
まあ、色々な店がありますよ?とイカ焼き屋の屋台の店主。
店の名前は?…と、聞きかけた所でラジオから流れる
掠れ声のDJの声「紫陽花の色付きは、今年は良いでしょう」。
懐かしいオールディーズの雨降る歌声。
振り向くとラジオの今年の紫陽花開花のニュースが聴こえてくる。
店主が皆にも聴こえるようにさらに音量を上げた。
今年もそんな季節に入ったか。
最近は昼も夜も分からなくなっていたし、紫陽花も忘れていた。
永遠に好きと言った花なのに。俺の永遠の恋人は、紫陽花が似合っていた。闇夜に淡く消えそうで優しげな涙のようなブルー色の髪。
紫陽花もブルーが似合っていた。
そしてそのブルーの色彩と共に17才の短い生涯を終えてしまった。
話題に合わせ、飲み屋の屋台の一角から乾杯の声があがる。
「紫陽花記念」。
カシャーッンとビールのジョッキ音。
懐かしいジャンクな雑踏がココにはある。
今年も紫陽花は平年通り綺麗に咲くそうだ。
永遠の恋人と初めて出逢った場所に似ていることを想い出す。
そうだこんな雑踏の中から見つけた花だった。
屋台の出口近くの看板の前にさらに多くの人だかり。好奇心を刺激され、駆け寄り、そのまばゆい光の中へ向った。普段はこのような下世話な集まりは通り過ごしている俺だが、今回はこの街へ来たきっかけが欲しかった。
野次馬達のドーナッツ状の中心に、ボロボロに汚れた男が一人、道にうつ伏せに倒れている。と、いうより道へ落ちた人々が散らすブルーの花びらを舌で舐めたり、口に含んでいる。2、3噛むと後に吐き出す。暫くすると背を道に擦り付け回転し踊り始めた。美しい旋回。回るたびにブルーの花びらが潮風の中を舞った。俺は美しいものが好きなところがある。今日は新月で宇宙の姿も分からない。そんな中で見つけたひとつの星に思えた。ひとつの星とひとつの花が重なる。オールディーズの雨が止むと海岸線の空には波の音も消す程の大音量の歌が鳴り響き始めた。その曲名は、うるさくて地鳴りがするようなパンク・ロック。
つづく…
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