〈第九話〉カナコとブルー

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〈第九話〉カナコとブルー

日頃慌ただしくしていても、一緒にお茶をする穏やかな時間を大切にするカナコとブルー。 一緒に暮らしていても同じ時を過ごせないという話しは仲の良いカップルでも良くある話しだ。カナコとブルーもそんな寂しさを抱える一組のカップル。たまに自宅で顔をを合わせても今朝のゴミ捨ての日で捨て忘れの腐ったネギの臭い等、些細な喧嘩を繰り返す日々が続いていた。そんなある日、ブルーはたまに二人が待ち合わせをする喫茶店でカナコと一緒にいる気分になれる良い楽しみを考えついた。その喫茶店は駅から少しはずた線路下。数分に一回は鳴り響く轟音の中にあって薄いアルミサッシで出来たドアは何時も汚れていて直ぐには覗けないような佇まいだった。ただ珈琲が旨かった。 曲は名もない歌手と美しいピアノのジャズ。ブルーは珈琲は苦手だったが音楽が好きで、たまに気に入った曲があると名前を聴いて古レコード屋を探すような青年だった。ある日何時ものようにプレイヤー下のカラーボックスの端に長年埃が被り触れられていないようなクラシックピアノの楽譜を見つけた。 手に持つと紙は湿気を帯び少し波打っていた。中の楽譜は読めないけど沢山のト音記号と8分音符が五線譜の波をサーフィンように滑るように見える。その時に丁度、店内に掛かった曲が珍しくクラシックになり10席もないような狭い店内の中で海の香り、空の青さを知覚してそれを楽しむ様に目を閉じた。 膝の手元でコントラバスの指マネしながら自分も参加できないか?と思い、こっそりページ右端に一人の奏者をペンで描いたブルーは画家だ。5〜6ページ手の動きやや足元のリズムを少しずつ変えながら、いわゆるパラパラ漫画を描く。その話しをメールで送ると次の昼間にカナコは、その絵に蝶を描き足した。 蝶が足され高原にいる様に見えた。ブルーは嬉しくなってその夜にもう10ページ描き足しクマが後ろから迫ってくる様子を描いた。コントラバス奏者、ピンチ!である。何回もパラパラしてカナコが笑顔になるのを期待して。違う時間だけど同じ場所で二人は楽しんだ。 一週間すると漫画はストーリーを持ち始めまるで実際に動き出しそうな勢いを感じた。その夜、ブルーはお客さんと飲んで酔っていた。何時ものように一番奥のつぎはぎだらけの二人がけソファーに一人深く腰掛け紅茶を頼む。譜面を開いたが眠くて直ぐに描けず半分瞼を閉じ薄暗いシミだらけの天井を見つめた。 蝶が飛ぶひらひらと自由に。淡い緑の色彩が360度に広がり空には海と白波が打ち寄せサーフィンをする人々で賑わっている。ブルーは普段は吸わない煙草に火をつけ息をフーッとはくとそこにもサーフィンをする人々が波乗りしてきて面白くて笑い転げた。 笑い転げても店の客は誰一人振り向かなかった。今の世の日常の風景の一つなんだと思う。同じ場所、同じ時の君と一緒に居たい。思ったより自分は一人に弱かった。寂しさを抱えながらも発狂しないように笑う。そう、笑い転げながらも心の底にある冷静で揺らがない愛情について確信した。 電車の轟音と共にレコードの曲が変わった。同時に昼間の君の姿が目の前に現れる。楽しそうに珈琲を飲む笑顔の姿。ようやくリアルタイムで会えた。ブルーとカナコは最後のページに一緒にお茶を飲む姿を互いに書き込みパラパラしている。その幸せを今、噛みしめている。 (カナコとブルー編。終) 短編小説オムニバス「恋愛」は、次がラスト。 つづく…
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