54 勝利、そして…

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54 勝利、そして…

「グアアアアアアアアァァァ!!」  ナイフが刺さってダメージを受けたのか、中に取り込まれた囚人たちの悲鳴とシャッド・メル自身の悲鳴が合わさり、衝撃波のようなものが発生する。  耳をつんざくようなその声に、思わず後ずさってしまう。  ──くっ……耳が痛い……! 体力がゴリゴリ削られていくような感じがする……。まさか……この怪物、鳴き声だけでも攻撃できたりするの……!? 「アル!? どうしてここに!?」  シャッド・メルの悲鳴が止んだのを確認すると、私はアルフォンスのほうに向かってそう叫ぶ。 「看守たちが話しているのを聞いたんだよ! ……まあ、詳しい話は後だ!」 「えぇ!?」  何だかよくわからないけれど、とりあえず刑務所から抜け出してここに駆けつけてくれたらしい。 「とりあえず、今はこいつを倒すことが先決だ!」 「え、ええ……そうね!」  アルフォンスがこちらに走り寄ってきて、私たちは背中合わせの状態になる。 「グ……アァ……クワセロ……オマエヲ……クワセロ……」  ダメージを受けて怯んでいたシャッド・メルは体勢を立て直すと、ジリジリと私たちのほうににじり寄ってきた。  何が何でも、この怪物は──いや、彼らは私を食べるつもりのようだ。 「いいか、マリー。あの怪物の中に取り込まれた囚人たちは、最早、人間じゃない。だから……殺すことを躊躇うな」 「……っ」  後ろを振り返ったアルフォンスが、そう言って私を説得する。 「ええ、わかってるわ。わかってるけど──」  ふと以前、地下闘技場で助けた死刑囚たちの顔が頭に浮かんだ。  あの時は、私が試合に参加することで結果的に彼らを助けることになったんだっけ……。  きっと、彼らもシャッド・メルの中に取り込まれているんだろうな。  そう考えながら、私は(かぶり)を振る。 「多分、自分でも自覚していると思うけど……そこがマリーの弱点だよな。完璧で物凄く強い癖に、非情になりきれないせいで損をしたり、お人好しが災いして命取りになったりする──まあ、俺はマリーのそんな人間くさいところが好きなんだが」 「え!?」  一瞬ドキッとして、ついアルフォンスが言った「好き」という言葉に反応してしまう。  いやいや、好きって言ってもあれだ。きっと、相棒として良い所を褒めているだけだ。  って……何を考えてるんだろう。この間から本当におかしいな、私。 「シャッド・メルを倒して、囚人たちを苦しみから解放してやるんだ。マリー」  アルフォンスに神妙な声でそう言われ、私は決心を固める。  ──そうだ。きっと、シャッド・メルを倒して成仏させてあげることが彼らの供養につながるんだ。 「わかったわ。……全力であいつを倒す!」 「いいぞ、その意気だ」  アルフォンスに肩を叩かれ、私はぎゅっと拳を握る。  すると、彼はさらに話を続けた。 「あの怪物の弱点は腹だ。あいつは、他者を体内に取り込むことでそれをエネルギーに変えている。つまり、そのエネルギーの元を潰してしまえばいいんだよ。……実は、さっき他の部屋であの怪物に関する資料を見つけたんだ。その資料に書いてあった情報だから、間違いないと思う」  アルフォンスいわく、シャッド・メルに取り込まれた者は体内の──腹部あたりに存在する『コア』と呼ばれる部分に吸収されるらしい。  つまり、それを潰せばあの怪物は完全に活動を停止するのだ。 「だが……残念ながら、いくら外部から衝撃を与えてもあいつは倒せない」 「え……?」 「あの怪物の皮膚、ゴムみたいに弾力のある質感だっただろ? あれは、コアを守るためなんだよ」 「……! でも、殴った時に一応ダメージは与えられていたみたいだったけど……?」 「そりゃあ……一応、奴にも痛覚はあるからな。だけど、あの体のお陰でそこそこダメージを吸収できるから、結局は腹の中にあるコアにまでは致命傷を与えられないんだよ」 「……!」  アルフォンスの解説を聞いて、私は絶句する。 「じゃあ、どうやってあいつを倒すのよ……?」  尋ねると、アルフォンスは一呼吸置いて作戦を提案してきた。 「まず、奴を攻撃して隙を作ってくれ。そしたら、俺がシャッド・メルの腹を掻っ捌く。体内にあるコアが見えたら、マリーはすぐにそれを破壊してくれ」  説明によると、そのコアとやらは巨大な水晶のような見た目をしているそうだ。  どうやら、その中に取り込まれた複数の囚人たちが捕らわれているらしい。  予め怯ませておかないと、すぐにコアの自己防衛機能が働いて破壊することが難しくなってしまう。  だから、奴を倒すなら二人で協力をしたほうがいいとのことだった。 「そして……奴の腹を切り裂くためには、さっきみたいな普通のナイフじゃ無理だ」  言って、アルフォンスは右手の指にはめたシルバーリングを見せてくる。 「それって……もしかして、アルケミーリング?」 「ああ。シュシュが看守から盗んできてくれたんだ。これを使って、もっと切れ味の良い武器を生成する」  言い終えると、アルフォンスは意識を集中させるためなのか、目を閉じて武器の生成を試みる。  指輪がまばゆく光った次の瞬間、彼の手には切れ味の良さそうな西洋剣が握られていた。 「──よし、生成完了っと。それじゃあ、作戦通りに頼んだぞ。マリー!」 「それはいいけど……そのリングって、確か使用者のエネルギーやスタミナと引き換えに武器を生成しているのよね? その……大丈夫なの?」 「ああ、大丈夫。ちゃんと体に負担がからない程度に武器を生成してるよ」  安心させるためなのか、アルフォンスはそう言ってにっこり微笑んでみせる。  本当に大丈夫なのか不安ではあるが、今はとりあえず彼の言うことを信用するしかない。 「というわけで……。準備はいいか? マリー」 「……ええ」  頷くと、アルフォンスは剣を構える。  その途端、にじり寄ってきていたシャッド・メルは体力が回復したのか、スピードを上げてこちらに這い寄ってきた。 「来るぞ……!」  そう言われ、私はゴクリと固唾を呑みつつも、こちらに向かってくるシャッド・メルを睨みつける。  シャッド・メルがある程度近くまで来た瞬間、アルフォンスの合図の声が聞こえた。 「今だ! 行け、マリー!!」 「了解!」  私は合図とともに足を踏み出し、這い寄ってきたシャッド・メルの顔面を思い切り蹴り上げる。 「グアアアアアアアアァァ!!!!」  ──ごめんね、みんな……! もうすぐ、楽にしてあげるからそれまでは我慢して……!  私は心の中で犠牲になった囚人たちに謝りながら宙を舞い、床に着地する。  予定通り、シャッド・メルは後退し、苦しみ悶えながら怯んでいる。 「アル!! お願い!!」 「おう!!」  返事と同時に、アルフォンスは大きく剣を振りかぶり、シャッド・メルの腹部を狙って斬りかかる。  ──ブシャッ!!  シャッド・メルの皮膚が斬り裂かれた途端、真っ青な血が勢いよく吹き出てアルフォンスは返り血を浴びてしまう。  けれど、彼は脇目も振らず再びシャッド・メルに斬りかかった。  そのゴムのような皮膚がさらに深く斬り込まれ、傷口がパックリ割れると──話に聞いていた通り、体内に巨大な水晶があるのが確認できた。  空色の、透明感のある水晶──外見はとても美しく、うっかり怪物のコアであることを忘れてしまいそうになる。 「……よし、これでコアが剥き出しになった! あとは頼んだぞ、マリー!!」 「ええ、任せて!!」  アルフォンスに向かってそう返事をすると、私は高く飛び上がり、コアを破壊するべく飛び蹴りを繰り出す。  コアに蹴り技が命中した瞬間、表面にピキッとヒビが入った。  ──よし、いける……!! 「悪役令嬢に王子様はいらないッ!! 自分の道は自分で切り開く──それが、私の信条!! だから、今回のピンチも必ず切り抜けて見せるわ!! ……この『自慢の拳』でねッ!!」  デュークとミレイユにも聞こえるように大きな声でそう叫ぶと、私は拳にありったけの力を込めて正拳突きを繰り出す。 「はああああああぁッ!!!!」  正拳突きがコアに命中した途端、表面に入っていたヒビがさらに大きくなる。  シャッド・メル自身が持つ自己防衛機能が、最後の悪あがきでもしているのだろうか。ビキビキという音が鳴るたびに、こちらにも大きな衝撃が伝わってくる。 「うおおおおおおおおおお!! 壊れろおおおおおおおおぉ!!!!」 「グッ……アァ!! アァァ……!!!!」 「早く、壊れろおおおおおおぉぉぉ!!!!!!」 「ギャアアアアアアアアアア!!!」  取り込まれた囚人たちの悲鳴が周囲に響き渡る。  それでもお構いなしに、私はコアにメリメリと拳を食い込ませる。  次の瞬間、表面に入った僅かなヒビが全体に伝わり──ついに、コアが壊れた。 「やった……!!」  コアがパリーンと大きな音を立てて壊れると同時に、私は飛び散る破片を避けるために後退した。  割れた破片が、まるで雪のように頭上から降り注いでくる。  シャッド・メルの様子を窺っていると、エネルギー源を失って行動不能になったのかドシン、と重く鈍い音を立ててその場に倒れ込んだ。 「やったな、マリー!!」 「ええ!!」  私たちは喜びを分かち合いながら、ハイタッチをする。  すると、遠くからそれを見ていたデュークが突然怒号を上げた。 「シャッド・メルがマリーに敗れただと……!? ふざけるな!! シャッド・メルは、特別な素体を使って作り上げた最後の切り札だったんだぞ……!! そんなこと、あってたまるか!!」 「どういうこと……?」  デュークの言葉に引っかかりを覚えた私は、思わずそう尋ねる。 「あの怪物の正体は、二百年前にこの国の皇妃だったアイリーンという女なのだ! 当時、我が国では人間を怪物に変えるための極秘実験が行われていた──その中でも、最も適合性が高かったのがアイリーンだ! 俺は、あの怪物に全てを賭けていた! ゆくゆくは、怪物兵器として運用していく予定だったんだ! それなのに……貴様らのせいで、全部台無しになってしまった!!」 「……!」  ──アイリーンって……確か、ルーカスの妹の名前だよね……?  そう考えながら、唖然としていると── 「その話は本当ですか? 陛下」  突然、背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
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