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一話 出会い
「−−村上さん」
「はい? どしたの」
講義終わり。あらかじめ買っておいた昼食を食べようと三限目がある教室に向かう最中、廊下で他学科の藤井さんに呼び止められた。
振り返ると、遠目から見ても目を惹かれる緑髪のショートヘアーが目の前に映る。
「あのさ……」
藤井さんは言いにくそうに私から掲示板へと視線を逸らす。
「一緒にやってくれん?」
「あー……」
彼女の片耳には輪郭に沿って開けられた数個のピアス。大学デビューだろうか、それともこの学科特有の個性の尊重か。
「ごめん。この授業もうでんのよ……」
今日で講義の三分の一を出席した私はこの講義にはもう出ないつもりでいる。単位一しかない癖に、企業にアポ取ってインタビューなんて冗談じゃない。
「違う。それは私もだから」
藤井さんは仏頂面で答える。サボタージュをそんな真剣に宣言すんなよ。やはり藤井さんは面白いな。
「それじゃあ、なんかの課題とか?」
「いや、違う。その……」
言い淀む藤井さん。彼女はこんなしおらしい性格だっただろうか。
「一緒に動画、とってくれん?」
「……はい?」
藤井さんの切れ長の目が私を捉える。爬虫類みたいでかっこいい。
「動画?」
藤井さんは頷く。
「なんで……」
なんで私なの? その問いに藤井さんの研ぎ澄ました顔は真っ直ぐと私を捉えたまま、
「ずっと、村上さんのこと面白いと思っとたから……」
目を逸らさずにそう答える彼女。その返事に私はちょっと照れ臭くもあり、
「あー……えっと……」
困った。
「私は、あー……、別にそんな、面白くないし……。他の人の方が……」
非常に困った。
「同じ映像科の子とやれば……?」
内心、まんざらでもない自分に困った。藤井さんは何か言いたそうに眉を潜めている。彼女がこんな分かりやすい子とは。それとも女子三日合わざれば刮目して見よ、垢抜けているからって奴か。
「本当、ごめんね……」
その場を後にしようと彼女から顔を逸らして背中を向けた。
「−−高校の時!」
藤井さんは唐突に口を開く。彼女の選手宣誓のようなフラッグをはためかせた声に学生たちは肩を跳ねらせ、訝しげに私たちを一瞥して通り過ぎていく。
「ちょ、声が大きい……! 抑えて!」
驚いたのは私も例外ではないといのに。
「高校の時! 運動音痴の癖にブザービーター数回決めとったとことか! 男子が着替えとる教室にすごい謝り倒しながら体育館シューズ取りに戻っとった所とか! 調理実習の下準備で米研ぎがプロみたいに上手かった癖にアルミホイル取り出すのに凄い時間掛かって先生に小言言われて取ってもらっとった所とか! ……村上さんとなら、地味でシュールな面白いことができると思って誘ったんよ!」
「おまっ! アルミホイルのアレはな、ギザジザの部分がアルミ製じゃなかったからだから! 普通に切れるわ、アルミ製だったら私も! いや、思い出させんな、人がせっかく消そうとしてたこと」
「あと、毎週金曜はコンビニのカラアゲとおにぎりで、影で曜日が分からなかった時の目印にされてた所とか……」
「初耳なんだけどそれ。黒板見ろよ、書いてあんだろ」
「……だけど、真夏に保冷剤なしでビニール袋に牛丼と生卵持ってきて昼に救急車呼ばれてたのはしょうもなかった」
「それはお前の感性が正しいよ」
ここに来て初めて藤井さんの口の端がニヤリと薄ら笑う。とりあえずと、彼女と私はラインを交換して私は次の講義へ、藤井さんは食堂へと別れた。
「私は、死ぬまでに作品を残したい。めっちゃ評価されたい。凄いって言われたい。……生きた証が欲しいんよ」
別れ際、哀願するように呟いた藤井さんの言葉を思い出す。まさか、彼女が私のことを面白いと思ってくれているなんて、意外だった。何度か学校で顔を合わせたことはあるが、話したことなんて一度もなかったから。高校での彼女は何というか、独特といか、我が強く、どこかマセた、自分の世界を持っている子で。私の方こそ羨ましいと思っていたから。
小学生の頃、クラス1面白くて、芸人魂を持っていた男子に「おもんねーくせにしゃしゃんなよ!」と吐き捨てられた以来、人前に出ると愛想ばかり気にするようになった私にとって、廊下に座り込んで胡座を掻きながら読書に耽る彼女が羨ましいと思っていたから。
講堂に着くと、席に腰を下ろしてリュックからサンドウィッチを取り出す。それを机上に置いてから今度はリュックのサイドポケットからスマホを取り出した。
「私は……」
スマホを開く。さっそく、彼女に送るメッセージを考えた。
……私は、一度でいいからバカやってみたい。面白いことがしたい。やりたいことを楽しみたい。
メッセージを送り、講義が終わったのは一時間後。講堂を出ると柱に凭れた藤井さんがスマホから顔を上げた。騒めく人混みから私を見つけると、久しぶりに会った旧友に向けるように柔らかい笑顔を私に向けて駆け寄ってきた。
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