二話 計画→実行

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二話 計画→実行

 一緒に動画を作るにあたって、藤井に演者になって欲しいと頼まれた。まあ、当たり前だ。そのつもりだったし、しかし……。 「お前出んのんかい!」 「私だとシュールに磨きが掛かって初見殺しで話しにならん。あと、お前って言うな」 「とか言って、やりとーないだけだろ」 「……それはない」  後ろ髪より長いセンター分けの前髪のせいで、隣から表情が伺えない。 「でも、撮りながら会話はするつもり」 「顔ださんかったら一緒じゃろて」 「……顔出し、そんなに嫌だ?」 「いや、……私がしゃしゃっても面白くないかもだし」 「それは、女だから笑いを取れないっていう自虐?」 「なんでもかんでもジェンダーに掏り替えんなよ、お前」 「女でもやべー奴はたくさんおるよ。ネットの中なら」  あと、お前って言うな。藤井は表情変えずハンドルを握っている。信号に目を配らせ、ゆっくりとブレーキを踏めば、止まった車内で彼女は手持ち無沙汰に前方トランクとバックミラーを交互に見た。  車内には聞いたことのないテクノポップが流れている。関西弁訛りの歌手が歌っていた。 「まあ、顔出しNGならわかった。むしろそっちの方が好都合かも。……手はある」 「は、手って?」 「村上さん、好きな動物ってなに?」  私の問いを無視し、藤井は尋ねる。 「動物? そんな今更、アイスブレイクせんでも……」 「くどい、早く答えろ。なに?」  信号が青に変わり。前方に目を配らせ藤井は答えを急かす。私は考える素振りを見せて背凭れを倒した。焦げ茶のジムニーの車内は黒一色に統一されている。 「強いて挙げるなら。……爬虫類」 「の?」 「の? 特にこれといっておらんよ。爬虫類全般だよ。……最近さ、その子らの給餌動画ばっか見てんのよ」  ちょーかわいいの、見てみ。興奮して動画を勧める私に藤井は冷静だ。「そう、わかった」とだけ返すと眉間に皺を寄せて考え始めた。彼女の運転する車は私の町へとバイパスを走っていく。  駅前で下ろしてもらい、藤井と別れた私は島へと戻るため、ちょうどこちらへ戻ってきた渡船に乗った。  帰路の途中、曲がり角で褐色の作業員の集団が猛スピードで私の横を通り過ぎていく。その中に居たタオルを頭に巻いた男が「カワイイデスネ〜」と片言で半笑い。風と共に去って行く。  家に帰ればリュックを居間のソファーに投げ捨て洗面台で化粧を落とす。沸かした風呂から戻って来てスマホをチェックすると、藤原からメッセージが来ていた。 『身長て何センチ?』 『170センチ』  私が返すと直ぐに既読が着いたのに返事がこない。  藤井からやっと返事が返ってきたのは、半月ほど過ぎた頃だった。 『今から私んち来て』 『動きやすい格好で』  言われた通りTシャツと高校の頃のジャージーのズボンに着替えると駅前で待ち合わせをし、暫くすると焦げ茶のジムニーがやってきた。鈍行なら二十分ほど掛かる街へ車は走り、やがてマンションの地下駐車場に入った。大理石のエントランスを抜けてエレベーターに乗り込んだ私たち。 「都心で一人暮らし……」 「一人暮らしじゃないし、都心でもないだろ、ここ」 「島育ちにとっちゃ十分都心なんだよここわ!」  エレベーターが指定した階に止まる。廊下を歩いていた藤原が立ち止まり、肩にたすき掛けていたウェストポーチから車のリモコンキーのような手中に収まる黒い物体を取り出してドアの手摺に近づける。するとドアから錠が外れる音がした。  玄関を開ける藤井。シミ一つないクリーム色の廊下を進む彼女に着いて行くと、自室へ案内される。  質素な部屋に似つかわしくない緑色のゲームチェア。机上には学校でも使うのか、閉じられたノートパソコンが一台のみ。てっきりカラスヘビのようにコードが乱雑に散らばっているものだとばかり思っていた私は、なんだか拍子抜けだった。 「なにこれ?」  部屋の中央に置かれた謎の段ボール。 「やっと届いたんよ」  藤井は段ボールの前にしゃがみ込むとカッターでテープを切っていく。 「ほら」  段ボールを開けた藤井は中から緑色のツナギ服を取り出して私に手渡してきた。  手に持ってみると薄手のボア生地が心地良い。ボア生地は足まで繋がっており、長靴のように丸みを帯びた足先が重たかった。 「え……え?」  背中のファスナーを開けて片足を入れてみる。腕を通すと袖口はトレーナーのように手首で途切れて肌色の手先が収まらない。 「はいこれ」  藤井が手袋を投げて寄越す。 「……え……は……」  同じく緑色のボア素材で出来た手袋をはめてみる。丁度手首が見えるか見えないかギリギリの長さだった。 「……は……え……ねぇ……」 「あと、これがないと」  段ボールの中を半分占めていた物体をこちらに寄越してきた。球体とも言い難い楕円に近いそれは、両脇に目玉が付いていた。縦に伸びた楕円の中央に鼻の穴が付いている。口には真っ赤な舌に牙が両側に三本ずつ生えていた。   ウレタンで出来た頭は想像より軽い。  私はそれを、徐に被ってみる。 「おお、似合う似合う」 「ふっざけんな! ワニじゃねーか」  腹の部分だけ白い。どっからどう見てもアホ面のワニの着ぐるみだった。  胡座を掻いて私を見上げる藤井は少年のようにケラケラと歯を見せて笑っている。 「いやいや、絶対流行るからワニ。100日後に絶対流行るから。なんなら長男流行らせるから。現に流行っとるだろ、ラコステ」 「お前を100日後に殺してやろうか」
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