失踪ごっこ

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失踪ごっこ

数時間前のことだった。 レモンサワーを飲み干した倉山蒼が赤らめた頬を吊り上げて口から唾を飛ばしながら言った。 「弥生君っていたじゃん、あの失踪した。」 俺達のいた居酒屋は騒がしかったのに、蒼の声はやけに通っていた。 蒼の隣に座っている紫藤楓は烏龍茶の入ったグラスを静かにテーブルに置くと、 「かくれんぼで失踪した子だよねー。」 と嬉しそうに言った。 楓は烏龍茶しか飲んでおらず酔ってはいないはずだったので、 俺には何が楓の表情をそうさせているのか理解できなかった。 理由があるとすれば居酒屋の騒がしい雰囲気がそうさせていたのかもしれない。 「そうそう。」 弥生君は隣のクラスの大人しい子という印象で、俺達とは直接関わりのない子だった。 後から聞いた話だとクラスで1番成績が良くて、人当たりも良く人気者で、周りからすごく頼りにされていたらしい。 それは、'神社でかくれんぼをしていて失踪した少年'という面白がった報道に後から付け足されたパーソナリティであり、定かではないが。 1番よく知っているのは、一緒にかくれんぼをしていたクラスメイト達だろう。 「俺、あそこの神社でかくれんぼしてた奴らから聞いたんだけど、変わったルールがあったらしいよ。」 「変わったルール?。」 「ほら、俺たちで言う暗闇かくれんぼみたいな?。」 「あー。」 「鬼がどうしても見つけられない時は、鈴を鳴らしてギブアップするんだって。そしたら隠れてたみんな出てくんの。」 「お賽銭は?。」 「そんなのどうでもいいよ。そこじゃない。」 「ごめんごめん。」 「弥生君が失踪したあの日、地震あったじゃん?。隠れてたみんな驚いて出てきて、誰も鐘を鳴らさずに帰ったんだって。弥生君がまだ隠れてる事に気づかずに。」 楓は烏龍茶の入ったグラスをもう一度持って口に付けたが、 グラスをつたって楓の口に触れる烏龍茶は一向に減る気配はなかった。 「だから、弥生君がまだ隠れてるんじゃないかって噂。」 俺たちを怖がらせようとしているのか、蒼があまりにも真剣に言うせいで俺は笑いそうになったが、先に楓が声をあげて笑ったので笑いそびれた。
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