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よくある夜会のお馴染みの寸劇
ここは王国内のごく一部の貴族が集まり、夜会が行なわれている大広間。
王族が主催するそれには劣るものの十分にきらびやかなその場所で、不釣り合いな大声を出す人物が現れた。
「メルチェリーナ、お前との婚約を破棄する!!」
唐突にそんな宣言をした人物こそ、公爵令嬢である私メルチェリーナの婚約者であり、またこの国の第二王子でもあるダニエル様であった。
そんな彼の姿に私は思わず「まぁ……」と声を漏らして、そっと口を手で押さえる。一方で私のそんな反応など意に介した様子もないダニエル様は、更にこう言葉を続けた。
「そして私は、新たにこのミーナ・ザッコスと婚約する!!」
そう言いながらダニエル様は、堂々と傍らにいる小柄で可愛らしい少女を示す。
……確かに今現在隣にいる彼女は、ここ最近我が婚約者と懇意な様子であった男爵令嬢であった。
ああ、この状況は……。
「ええ、ちょうどよかったですわ」
思わず口角が上がってしまうのを感じながら、私はそう口にした。
きっと笑みも漏れてしまっていただろうが、それもまぁ別に構わない。
まったく我が婚約者様は、いつもいつも素晴らしいタイミングで動いてくれるわねぇ……もしかしたらこれが運命というものかしら?
ああ、そうだったら本当に素敵ね……。
そう思いながら私は、改めて貴族令嬢に相応しい笑みを作りダニエル様に笑いかけると、ちょうど目があったダニエル様はなぜか「くっ」という声を漏らしながら後ずさりをした。
あらー? なぜそんな反応をするのでしょうね、不思議だわ。
まぁ、そんなことは別に構わないわね。
今はそれよりもちゃんと話し合うべき、大切なことがあるのだから……ね?
「ええ、ダニエル様。実は私もミーナ様についてお話したいことがございましたの」
私がそう口にすると間髪入れず、ダニエル様がこんな叫び声を上げた。
「ま、またか!! ミーナまで陥れるつもりなのか!?」
「あら……陥れるなんて、そんな人聞きの悪い」
「お前はそうやって毎回、俺の愛する女性を陥れて来ただろうがっ!?」
えぇ……まったく酷い言い掛かりですわ。
私がそんなことをした事実は、一切ないというのに……私の心が割と強い方だったからよかったものの、普通の婦女子であれば泣き出してしまうところでしょう。
ええ、まったく本当にこの立場にいるのが、私でよかったですわね?
「ダニエル様、私怖い……」
すると今まで何も言わなかったミーナ様が、すかさずダニエル様の腕にしがみつき彼を涙目の上目遣いで見つめた。
あらあらまぁ、これはまたベタなことをなさいますことで……。
「っっ!! 大丈夫だミーナ、アイツの好きにはさせないから……!!」
「ダニエル様!!」
それを受けてパッと顔が明るくなったダニエル様と、ダニエル様の答えに満足した……いえ、嬉しかったのか感動したような表情を浮かべるミーナ様。
はい、予定調和的な流れの盛り上がりですわね。二人の世界に入ってると言い換えてもいいでしょう。
まぁ本当ならここで、正式な婚約者たる私が怒っても仕方ないところですが……。
私は多少の浮気なら許せる、慈悲深く優しさにあふれた寛容な婚約者。
ええ、ここは見逃して差し上げますわ……特にミーナ様には、もはや次なんて存在しませんからね。その程度の慈悲は掛けて差し上げましょう。
「それではお二人とも十分に盛り上がられたところで、本題に入らせて頂きますね?」
「っっやめろ!!」
私が話を進めようとすると、ダニエル様も本能的にマズいと思ったのか全力で叫ぶ。
「ふふ、やめませんわよ?」
ああ、この瞬間がいつも一番楽しくてたまらない……。
うふふ、今回も精々いい反応を見せて下さいね?
「実はミーナ様のご実家について少し調べさせて頂きましたの……ほら、大切な王子殿下のお側に怪しい人間がいたらいけないでしょう」
「ミーナは怪しくない!!」
予想通りの反応をするダニエル様に、つい笑い出してしまいそうになるのを堪えて、私は更に言葉を続ける。
「まぁ聞いて下さいな、そしたらミーナ様のご実家の男爵家……結構な借金をお持ちのようでしてね」
「しゃ、借金くらいあるからってなんだ!?」
「まぁ借金だけなら良かったのですが、その借金を理由に我が国と敵対関係にある国と繋がりを持たれてたみたいでして……」
「そ、そんなの嘘だ!!」
もはや最初の勢いをなくし、虚勢を張っているようにしか見えないダニエル様。今なら軽くつついただけでも、倒れてしまいそうな弱弱しさがある。
あらあら、うふふ……でもまだ終わりではありませんからね? もちろん最後まで台無しにならないように、しっかり手を抜かずやり切りますとも。
「ええ、私もそう思いたくて徹底的に調べましたわ。そしたら裏付ける証拠が山のように出て来て……」
私がそこまで言いかけたタイミングで、すっかり顔色を悪くしたミーナ様が、苦し紛れとしか思えない叫び声を上げた。
「だ、ダニエル様騙されないで!!」
あらあらミーナ様、これは美しくないですわねぇ……。
でもええ、もちろんアナタのことも、私は忘れていませんからね? だってアナタも今日の大切な出演者……今更逃げ出すなんて絶対に許しませんからね、ふふっ。
「そうだ、コイツがこれだけ言っておきながら、肝心の証拠を出す気がないなんておかしいからな……俺はまだ彼女を信じる!!」
ミーナ様の言葉でやや元気を取り戻したのか、ダニエル様は勢いよくそんなことを言い出した。
あらあら、ダニエル様ったら随分と単純でいらっしゃいますわね。
しかしまぁ、証拠ですか……。
「……それは申し訳ありません、ちょうど今は手元にはございませんね」
確かに言われてみると、実際今の手元には証拠らしい証拠はなかったため、そこは私も素直に認めた。
するとダニエル様は嬉しそうに「ほらな……!!」と嬉しそうに笑顔を浮かべた。
あらあら、またそんな単純な反応をなさるとはお可愛らしいことで……お陰で、こちらも笑いを堪えるのが大変ですわ。まったく。
「ええ、だって少し前に全ての証拠は国王陛下に提出してしまったのですもの」
「は…………え?」
まぁまぁまぁ、ダニエル様の何も理解できないというポカンとしたお顔。本当に素敵ですわね。
ふふっ仕方ありませんので、ここはきちんと説明して差し上げなくてはなりませんね?
「ほら、国を脅かす存在に気付いたら何を置いても然るべき処置を取ること……今回のようなケースであれば、国王陛下へ報告することは臣下として当然の行為ではありませんか?」
私が爽やかな笑顔を浮かべつつ説明をしているというのに、肝心のダニエル様は反応をして下さらない。そこで強いて変化を上げるのであれば、先程よりもお顔の色が悪くなっている気もしますが……その程度ですわね。
まぁ、少しぼーっとしていらっしゃるようなので、ここは一旦待っておくとして……よく考えると確かに、手元に何もないのは少し良くなかったかもしれませんわね。
もちろん元の証拠自体を提出するのは当然として、その写しを手元に残しておくのはいいかもしれませんね。
ええ、今度からそういたしましょう。
「いや……な、何を言って……」
「う、嘘うそよ……」
ややあって、ようやく状況を呑み込めたらしいダニエル様とミーナ様が、ほぼ同時にそんなことを口にした。
あらあら、そんなタイミングまで同じなんて……嫉妬してしまいそうですわ。
しかしお二人とも、なかなかと素敵なお顔をしていらっしゃいますわね。
まずダニエル様の呆けたような可愛らしいお顔に、ミーナ様の今にも倒れてしまいそうなほど真っ青なお顔がなかなかチャーミングで……うふふ。
まぁ、今回の公演はこんなものでいいかしら?
いえ、でもここからもう一押しするのも……ああ、どうしましょう。
私がそんな風に迷っていたところ、突如大広間の扉が乱暴に開かれた。
「ミーナ・ザッコス男爵令嬢、国家反逆罪の容疑で貴様を拘束する!!」
あらあら、予想以上に早かったわね? これには少し残念……。
そうしてぞろぞろと入ってきた騎士達に、あっという間に拘束されるミーナ様。可愛らしく「やめなさいよ!?」と抵抗なさっていたものの、当然屈強な騎士相手に意味をなすわけもなく。そのままズルズルと引きずられるように、この場から退場させられていったのだった。
あらあら、最後まで期待通りの反応を見せて下さって本当に素敵ですわ。
ああ、でももっと暴れてくださってもよかった気も……。
「み、ミーナぁぁ!!」
そんなことを考えていると、ミーナ様の退場から少し遅れて、ダニエル様はその場に崩れ落ちた。
ああ、さすがダニエル様……!! 毎回毎回、反応が素晴らしいですわー!!
私は心の中で彼に全身全霊の称賛を贈りながら、ダニエル様へそっと歩み寄った。
「はい、今回もお疲れ様でございます」
そうしてうなだれた彼の肩に、ポンっと手を置きながら私は言った。
とは言っても、ここから先の言葉はダニエル様に向けた言葉でありながら、ダニエル様に聞かせるための言葉でありませんけどね。
「本当にダニエル様の、このお仕事は毎度素晴らしいですわ。女遊びをしているように見せかけて、的確に要注意人物を釣り上げて下さるのですもの」
そう、これはこの会場にいる他の貴族に聞かせるための言葉なのです。
正直、苦しい言い訳に聞こえるかもしれないが、私がそう言えばそういうことになることなので、何一つ問題はない。
そもそもここにいる貴族全員が私側の人間であり、この寸劇を分かっていてあえて付き合ってくれている役者に他ならないので。
そして、この夜会会場の全てが、私の整えた素敵な舞台……。
でもまぁ、ダニエル様だけは主演者でありながら、そのことを知りませんけどね……? ええ、それも含めて全てが私の意のまま……彼のことは、それで構わないのです。
「しかし、お身体を張るのは程々にして下さいね?」
私が慈愛を込めた笑みでダニエル様へ微笑みかけると、彼はただただ「ぬぐぐぐっ」と唸りながら悔しそうに私を睨みつけてきたのだった。
あらあら、まぁまぁ……これはまた素敵なお顔で、うふふっ。
❏❏❏
「……ということが、先日あったのよ」
「私が出席出来なかった夜会で、そんなことがあったのですか」
あの馬鹿王子、性懲りも無くまたやったのか……。
私はメルチェリーナ様の言葉に頷きながら、心の中で色ボケ王子に毒づいた。
ここは私ハンナ・モルアナの住む、モルアナ伯爵家の屋敷。
公爵令嬢のメルチェリーナ様は私の友人で、こうして定期的にお茶を共にする仲だった。
「本当にダニエル様の女を見る目のなさと、女絡みの間抜けっぷりを派閥以外に漏れないようにするのは大変で大変で……」
「差し出がましいようですが、メルチェリーナ様は優秀な御方なのですから、もっと相応しい殿方がいるのではないですかね」
「まぁハンナはよくそう言ってくれるわね……」
お世辞抜きにメルチェリーナ様は素晴らしい御方だ。
見目麗しく、教養もあり、礼儀作法も完璧、そうして執務能力も極めて高い。
なのに何がまかり間違って、あの馬鹿王子と婚約しているのか……いや、理由は知っていますけどね。
「でも私、ダニエル様のことをお慕いしているのですもの……」
ぽっと頬を染めて、そんなことを言うメルチェリーナ様。
ええ、はい、これが理由ですね。
非常に残念なことに、メルチェリーナ様は心のそこからダニエル王子のことを好いているのです……。
「ええ、本当に!! 他のことは大体そつなくこなせるのに、恋愛関係になるとてんでダメで、信じられないような騙され方をする部分が好きで好きで……!!」
「それは一体どうなのでしょうか……」
「あとは救いようのない最悪な女の趣味も最高ね!! ああ、なんであんな絶対騙しにきてるような感じの女を好きになるのかしら……」
「それ、まったく褒めてないですよね……」
そう語っているメルチェリーナ様の表情は、まさしく恋する乙女なのだが、その分内容の釣り合わなさと酷さが際立つ……。
それに男の趣味の悪さならメルチェリーナ様も負けてないと、ちらっと思ってしまったもののどうにか言うのは堪えた。
まぁ、メルチェリーナ様はあの男と違って、人間性がクズではないので問題はないだろう……親しい人間が、この趣味のせいで頭を痛める以外は。
「そう言えばメルチェリーナ様には以前、隣国の皇太子との婚約の話もあったらしいですよね?」
「あー、確かにあったわね……でもあの皇太子殿下は普通に優秀で、人柄もよくてダメな部分が一切無かったので……ちょっとね」
「いや、それっていいことですよね!?」
「ええ……でもその点、ダニエル様は表面を初対面で繕っていても、最初からなんとなく何かが違うと分かったのよね……!!」
「嬉しそうに言う内容ですか!?」
というか、ダメなことが最初からかぎ分けられるって一体どんな特殊能力ですか……。
持ち合わせた優秀さに対してあまりにも残念すぎですよ……。
でも、まぁ、しかし……いくら好みが残念であろうと、メルチェリーナ様は私の大切な友人だ。
だからメルチェリーナ様ご自身が、あのクズで馬鹿な王子が良いと言う限り、彼女の意思を尊重して応援を続けようと決めている……。
正直、私としては諦めて欲しい気持ちがかなり強いけれども、彼女自身が『完璧に面倒を見た上で、彼と一緒にいたい』とさんざん豪語しているため、私ではとても止められる気がしないのもありますけどね……?
「あぁー、本当にダニエル様のあのダメっぷりが可愛いくて素敵だわ……」
「…………」
でも、彼女は本当にこれで良いのだろうか……。
私の中で、そんな疑問が消えることはない。
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