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五
「あたしって、本当に恵まれてるわよね……」
奈美香と別れてからも、エレナは答えの出ない問題を考え続けていた。
おかげで酔うに酔えず、行きつけのバーへと足を運んだのだ。なんとなく後味の悪い思いを消化できずにいたところに、透から声をかけられた。
「そういう風に仕向けてきたんだろ」
「仕向けた? どういうこと?」
自分が何かをしたのだろうかと、エレナは顔を跳ね上げる。
「恵まれてるって感じるってことは、ストレスがないってことだろ。でも、その自分が心地よい環境を作るのは自分でしかないんだよ。それができないやつは、生きにくい人生を送るのさ」
透の言葉には、説得力があった。
かの透も、自らの力で環境を作り上げた過去があるからだ。非力な子供ながら、養育者に向かない両親を切り捨てたのも透だ。有名大学への進学も、一流企業への就職も偶然ではなく、透が望んだように人生を運んでいる。
「透って、いい男よね……」
「はぁ?」
ホストクラブにこういう男がいたなら、奈美香も楽しかったのではないか。悪態の目立つ透だが、身内以外には紳士的に振る舞う人物だということも分かっている。
「ほら、バカなこと言ってないで、航が来たぞ」
透は店の入口に目を向けた。
すると、自分にそっくりな若者が、こちらに笑顔を見せていた。
「――あれ、エレナも来てたの?」
久しぶりに会った息子は、エレナではなく透へ尋ねた。航の中で自分より透の方が優先順位が高いことに、喜びと淋しさを感じる。
「偶然会ったところだ」
その心中を知ってか、透はエレナの隣を航に譲る。航は促されるまま、するりとエレナの隣に座った。
ただ隣に座っただけだ。それなのに、航がそこにいるだけで空気がからっと明るいものへと変わる。これは才能以外の何ものでもないだろう。
「ああ、そうだ。エレナおめでとう」
「何?」
「『 好きな女優ランキング』ランクイン。五年連続だって、すごいね」
と、まるで自分のことのように喜んで言う。
『嫌いな女優ランキング』は連続一位であることには触れず、『好きな女優ランキング』にランクインしたことだけを称えてきた。
「……ありがとう」
まっすぐな航の言葉は、少し感じてしまっていた淋しさを見事に埋めてみせた。それは航が愛しい存在というだけではない。裏表のない航の言葉には、相手の心をあたたかくする力があるようだった。
「……これか」
エレナの心の機微を読んで、さりげなく労る透と、持ち前の明るさでその場をあたたかく照らす航。奈美香の求めているものは、きっとこういうものだと腑に落ちる。
「エレナ?」
急に考え事をはじめたエレナを訝しんで、航が声をかける。しかし、エレナの耳には我が子の言葉も入って来なかった。
「ありがとう、二人とも。いいこと思いついたから帰るわ。ここのお代は、あたしにつけといてちょうだい」
そう言って二人にキスをすると、エレナは席を立つ。カウンターに残された二人は、ぽかんとして自分を見送っていることだろう。もしかしたら、また透に振り回すなと叱られるかもしれない。
けれども、母と息子の交流など、物足りないないくらいがちょうどいい。そうでないと、必要以上に欲してしまいたくなるのだから。
それから程なくして、エレナはレンタル彼氏presageを始めるのだった。そこには、女性の心を満たす相手として、透と航の姿があった。
【終わり】
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