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我ながら、デタラメな人生だと似鳥(にたどり)エレナは思った。 十六歳で家出、十八歳で出産、結婚はハタチ。 夫となった男とはその後離婚をし、三十五歳で同じ男とまた再婚。新婚家庭に若い男を住まわせ、成人前の息子は家から追い出して、一人暮らしをさせている。 「どんな性悪な女だ、あたしは……」 エレナはふうっとため息を吐き出して、バーカウンターに肘をついた。ロンググラスの氷が、カランと音をたてる。 「……酔ってるなんて珍しい」 隣に座った男が声を掛けてきた。 上等なスーツをスマートに身につけた、目を引く若者だ。袖口からチラリと見える時計も、派手さはないがセンスがいい。 「酔ってないわよ。――今日、あなたのこと呼んだっけ?」 よく知った顔を目にして、エレナは何か約束でもしていたかと記憶を辿る。 相手は、数年前までエレナが家に住まわせていた鷹野透(たかのとおる)だ。透は大学いっぱいまでエレナの家で居候をしていたが、卒業と同時に一人暮らしを始めて二年が経つ。家を出た今も、時々顔を合わせる仲だった。 「俺が待ち合わせてるのは(こう)だ。約束の時間より早く着いたら、あんたが酔いつぶれてるのが見えたから」 昔からの行きつけの店だ。常連ばかりのこの店を、透に教えたのはエレナだった。 「だから、酔ってないっての」 「……みたいだな 」 透はエレナの顔をしばし観察する。単に顔色を見ているわけではないだろうことは、エレナにも感じられた。普段であれば黙って見過ごすが、なんとなく当てこすってみたくなる。 「――そんなに似てる?」 「……なんのことだ」 と、取りつく島のない透だが、こんな態度は今に始まったことではない。エレナの前ではおおよそが仏頂面で、ぶっきらぼうな物言いだった。けれども、これは彼なりに心を許している証拠だ。 「さすがに(こた)えたのかと思ったら、全くなんだな」 「えっ?」 「『嫌いな女優ランキング』第一位、記録更新中のようだから」 「ああ……、それね。別にいいわ。好かれようなんて思ってないもの」 エレナは日本を代表する女優だった。 キッズモデルとしてデビューをした六歳の頃から、水瀬(みなせ)エレナという旧姓で活動をしている。 ロシア系クウォーターのため、その容姿は一際目を引く存在で、群雄割拠の芸能界において、仕事に困ることはなかった。しかし、エレナ自身はいつ辞めても構わないと思っていたのだ。 「もう少し、好かれる努力もしてほしいところなんだけど」 気づけば、透のグラスには、スコッチが注がれている。しばらく隣にいるつもりなのかと思うと、エレナは苦い顔になった。 「はいはい、お説教はもう聞き飽きた」 「説教もしたくなるだろ。あんたのその奔放さに振り回される家族がたまったもんじゃない」 と、エレナに従順な家族に代わって抗議をしてきた。 「(こう)譲二(じょうじ)も、喜んで振り回されてるわよ」 「喜んでいるもんか。あれは単に慣らされてるんだよ」 エレナよりも夫や息子のことをよく知る透は、眉間にシワを寄せてため息をついた。
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