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隣は空室だと不動産屋が言っていたので飛ばして真上の住人を訪問すると三十代前半らしき女性は思いのほか喜んで受け取ってくれた。
一階の角部屋だから残るは二軒隣に住む住人だけだと少しホッとしながらインターホンを鳴らすも返事がなく留守かと思い出直そうと踵を返した私の耳にか細い声が聞こえて振り返った。
「はい……」
「あっ、あの引っ越してきた木下と申します。ご挨拶に伺いました」
「……そうですか」
「あの、ご迷惑かと思いますが、心ばかりの品をお持ちしました」
「…………ドアノブに……掛けておいて下さい」
──やっぱり迷惑がられたじゃない、かっこ悪い。
近所付き合いをしたくない人も今は多いのだから仕方ないとドアノブに掛けておく旨を伝えて帰宅した私は幾つか残っているダンボールを見なかった事にしてスマホでデリバリーを注文したあと一息つく。
ベッドに寝転がってスマホを弄っているとガチャっという音が聞こえて鍵をかけ忘れたかと慌てて玄関を見たけど特に何もない。
気のせいかと思っていたら今度は足音が天井から聞こえて漸くありえないほど家の壁や床が薄いのだと気付いて驚くと同時に急な引っ越しでロクに内見もせずに決めた私の部屋の音も丸聞こえという事実に落胆する。
──ホント最悪……無駄に家賃だけは高いくせに!
今更ながら後悔しても遅いのだけれど上の階の人の足音が決して非常識ではない歩き方だとわかるからこそ管理会社に文句も言えない。
元カレに未練はないけど新築マンションで騒音とは無縁の生活だったせいか気になり始めるとお風呂のお湯を溜める音さえ耳障りに感じる。
──慣れるしかないよね、人が居る安心感はあるんだし。
女の一人暮らしに不安はつきものだけど音がびっくりするくらい筒抜けなら防犯という意味では上の階の人が居るだけで安心とも言える。
とはいえお風呂だけでなくトイレを流す音さえも筒抜けなのは少し落ち着かないけど我慢するわけにもいかないのだから他の住人達も恐らく気にしても仕方がないと割り切って生活しているのだろう。
──郷に入っては郷に従え、ってやつだね。
ワイヤレスイヤホンを耳に装着して最近お気に入りの動画を見ながら届いたデリバリーピザを食べ満腹になると眠気が一気に押し寄せてきて疲れていた事を改めて実感した私は手早くシャワーを済ませドライヤーもそこそこにベッドに横になると一瞬で眠りに落ちた。
カーテンが風もないのにヒラヒラと靡いている事も音もなく何かが部屋を彷徨い近付いている事にも気付かず深い眠りに身を委ねていた私はのちに後悔する日が訪れるとは思いもしなかった。
──この時はまだ──
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