冥闇

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ガタンッという音で目を覚ました私は一瞬ここは何処(どこ)かと思いつつ新居だと理解してホッとするも再びガタッと大きな音がして壁を見る。 ──朝から何なの、隣って空室じゃなかった? 気になった私は部屋着のまま玄関ドアを少しだけ開けて様子を伺う。 ──あっ、隣も引っ越してきたんだ。 そっとドアを閉めて派手な音の正体がわかった事に安堵しつつもドタバタとうるさく落ち着かない私は身支度を整え買い物に出る事にした。 引っ越し作業の邪魔にならないよう避けながら二軒隣の玄関前を通ろうとしてふと思い出しドアノブを見ると挨拶の品は消えていて声しか知らない女性だけど人嫌いなだけで悪い人ではないのだろう。 近くのショッピングモールでキッチン用品や食材を買い終え帰宅すると隣の引っ越しはすでに終わったようで嘘のように静かになっていた。 「ただいま」 誰も居ないのに癖づいていたのか口をついて出た言葉に苦笑しながら部屋着に着替え買ってきたものを片付けているとスマホが鳴った。 母からのメッセージを見て昨晩うっかり連絡を入れ忘れていた事を思い出し引っ越しの手伝いに来てくれたお礼と近所に挨拶をした事を伝えると満足したのかよく出来ましたと小太りなウサギが笑顔で丸い尻尾を振っているスタンプが送られてきて思わず笑みが零れる。 お世辞にも可愛いとは言い難いスタンプだけど同棲していた元カレと結婚するものと思っていた母にしてみれば急に別れた上に通勤に不便だからと一人暮らしを始めた私が心配なのだろう。 片付けが終わりお気に入りのソファーに座って夢の国のキャラクターがプリントされたクッションを抱えてお茶を飲みながら雑誌を読んでいるとインターホンが鳴り誰だろうと思いつつ返事をする。 「はーい」 「隣に引っ越してきた者です。ご挨拶に伺いました」 ──私以外にも挨拶する人って居たんだ! 親近感が湧いて笑顔でドアを開けると二十代前半と(おぼ)しき清楚な女性とスーツの似合う男性が仲睦まじく立っていて若干ガッカリしつつも好印象な二人にしっかりしてそうな人が隣で良かったと胸を撫で下ろす。 ──あっ、二軒隣の人……教えてあげた方が良かった? ドアを閉めてから思い出したものの二人で挨拶するなら大丈夫だろうと飲み残していたお茶を片付け夕飯の支度に取りかかる。 出来上がった夕飯を食べ食器を洗う前にお風呂のお湯を溜めようとして上の階の人と同タイミングだと気付いて思わず笑ってしまう。 ──案外、筒抜けって便利かも。 片付けと入浴を済ませソファーに座ってクッションを抱えながら雑誌と一緒に買ったミステリー小説を黙々と読んでいるうちに予想以上に時間が経っていたようで慌ててベッドに潜り込み電気を消す。 上の階の人は先に寝たのか物音ひとつしないけど隣はまだ起きているらしくボソボソと話し声が聞こえるものの聞き取れない言葉が子守唄の代わりになったようでいつの間にか眠りについていた。
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