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引っ越しから二週間も経つと上の階や隣の生活パターンが私と大きく変わらないとわかり互いに迷惑を掛ける事もなく過ごしていた。
初めて隣の二人がイチャイチャし始めた時はパニックになったけどイヤホンでやり過ごせば聞こえない事に気付いてからは自分の時間を邪魔される事もなく気にならなくなった。
ただひとつだけ気になっている事があり自宅に帰る度に首を傾げている。
「ただいま」
玄関に鍵とU字ロックをかけ靴を脱いで廊下を歩きドアを開けて電気をつけるとやはり裏返っているキャラクターのクッションを手に取る。
一週間ほど前に気付いた時は勘違いだと気にもとめなかったけどキャラクターがプリントされた表側が見えるようにソファーに置く私が連日のように無地である裏側と間違えるとも思えず頭を悩ませていた。
当然だけど誰かが侵入したわけでもなく部屋が荒らされているわけでもなくクッションだけが毎日裏返っているという不思議な出来事。
出掛ける前に確認しても帰宅すると必ず裏返っているというだけで霊感もなければ信じてもいないけどこれが心霊現象とも思えない。
──クッションを裏返す霊……地味すぎる。
溜息をつきながらクッションを元に戻してお風呂に入ろうと浴室に向かうとタイマー機能で日中に洗濯と乾燥が終わっているはずの洗濯乾燥機が突然動き出して驚いた私が声を上げると止まった。
「故障……じゃないよね、新品だし」
蓋を開けてみると洗濯も乾燥も終わっていてエラー表示も特にない。
誤作動だろうと思いつつも落ち着かない私はシャワーを浴びるだけで入浴を済ませ何を食べようかとソファーに座ろうとして動きが止まる。
「また?」
つい数十分ほど前に間違いなく元に戻したクッションが裏返っていた。
心細くなり友人の優里に電話をすると土曜日という事もあって泊まりに来てくれる事になった私はホッとしながら食事の用意を始めた。
ところが一向に現れない優里に何かあったのではないかと心配になりメッセージを送ると思いがけない返事が届いた。
[ごめん。近付きたくないから、行けない]
[何かあったの?]
[弥生、逃げて]
[えっ?どういう意味?]
既読はつくものの返事はなく優里が何に近付きたくないのか何故私に逃げてと言ったのかが全くわからず考え込んでいると不意にどこからともなく猫の鳴き声が聞こえ不審に思い首を傾げる。
──ペット禁止なのに、どこから?
思いのほか近くで聞こえているような気がして静かに玄関ドアを開ける。
廊下を照らす明かりを頼りに目を凝らすと二軒隣の玄関ドアが細く開いているけど住人は今朝引っ越していて無人のはずだと訝しむ。
しかし閉め忘れた可能性もありうると考えた私は猫が入り込んでいるのかもしれないと足音を忍ばせて近付き二軒隣の玄関を開ける。
ピタリと止んだ猫の鳴き声よりもガランとした部屋を覆う闇から漂うピリピリとした異様な空気とそれの存在に私の体は動く事を忘れていた。
──そんな……ありえない──
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