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「嘘……でしょ」
かろうじて出た声がそれに届いたとは思えないけれど忌々しげに私を見る真っ赤な目は暗闇の中とは思えないほどはっきりとしている。
ゆっくりとこちらに向かってくるそれから逃れようと金縛りにあったように動かない体を叱咤しながら廊下を走り部屋に入る。
震える手で鍵をかけドアスコープから外を覗き追いかけきていない事を確認するとスマホを掴み二度と掛ける気のなかった相手に電話する。
「もしもし」
「彼女は?今どこっ!?」
「は?俺と居るに決まってんじゃん、うぜぇな。もう掛けてくんな」
元カレに一方的に切られたけれど一緒だというのが本当なら別れる原因になった浮気相手のアヤという女が二軒隣に居るのはおかしい。
別れる前に一度会っただけだがアヤという女の顔は嫌でも覚えている。
真っ赤なスプリングコートに口紅も爪も血のように赤く染まっていた女。
──どういう事?見間違いなんかじゃない……
震えの止まらない手で自分を抱きしめ必死に考えを整理しようとするも敵意を剥き出しにした真っ赤な目が脳裏にチラついて離れない。
握りしめていたスマホが手の中でぶるりと震えて一瞬ビクッとしたものの着信が優里だとわかり縋るように電話に出る。
「お願い助けて!女が居たの!」
「わかってる。とにかく今すぐ家から出て。私──「優里?優里!?」」
プツリと切れた電話からツーツーツーと規則的に聞こえる無機質な音に不安に駆られた私はすぐさまかけ直したけれど呼出音が虚しく鼓膜を震わせるだけで一向に繋がらない。
玄関に座り込んだまま優里に何度も電話をかけ直しつつ何故こんな目に遭わなければならないのかと怖さと悔しさで涙が溢れる。
浮気をされて家を追い出されたのは私でアヤという女が彼女だというのに今更になって何がしたいのか意味がわからない。
元カレに未練など微塵もなく電話番号を消していなかったのも私からすれば別れた時点で気にもとめておらず忘れていただけに過ぎないというのに家まで押しかけてくるなんて迷惑極まりない。
──でも待って……今の住所は元カレも知らない。
スッと背中に寒気を覚えた私は慌てて玄関から離れようとしたもののふと優里が家から出るように言っていた事を思い出す。
そろりと立ち上がりドアスコープを覗こうと恐る恐るドアに近付いた途端バサッという音が部屋の中から聞こえ声にならない悲鳴をあげる。
──やっぱり外に出るなんて無理……
玄関に居るのは得策ではない気がして怖々ながらもリビング兼寝室のドアを開けると毎日裏返るクッションが床に落ちていた。
ただ裏返るだけのクッションを怖いと思った事はなかったけれどズタズタに切り裂かれ綿に紛れて飛び出している髪の毛らしきものを見て歪な顔で笑う夢の国のキャラクターに初めて恐怖を覚える。
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