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「搬入が終わりましたので、サインお願いします!」
引越し業者の男性に元気よく声をかけられた私はダンボール箱を開けていた手を止めてバインダーに挟まれた用紙に名前を記入する。
──木下 弥生──
苗字も相まってしわしわネームだと揶揄される地味な名前だけどキラキラネームよりはマシだとサインしてバインダーを返す。
「ありがとうございます。では、以上で作業終了になります」
「はい、ご苦労様でした」
笑顔で頭を下げた二人の作業員に会釈をして見送っていると案の定と言うべきか引っ越しの手伝いに来ていたお節介な母がコンビニ袋をトラックに乗り込んだ彼らに手渡しているのが見えて溜息が零れる。
気が利くと言えば聞こえはいいけど今の時代は親切が迷惑になる事もあるという現実を理解していない母は時代錯誤な行動をする。
「駄目でしょう、弥生。飲み物も渡さないで!」
「うん、ごめん。ありがとう」
こういう時は口答えをしないのが一番早く解放されると長年の経験から学んでいる私は小言を言う母を受け流しつつ荷物を片付ける。
1LDKのマンションに好きで引っ越したわけではなく元カレの浮気が本気になり同棲していた家から放り出されたせいで急遽この家に決めた。
──はァ……最悪。お母さん、早く帰らないかな。
口は動かすけど手は動かさない母に元カレの事でストレスが溜まっていた私はイライラが隠しきれなくなってきて思わず口答えする。
「お母さん……手伝いに来てくれたの?邪魔しに来たの?」
「母親に向かってなんて口を聞くの!大体ね、あんな男と──「ごめん、心配してくれてるんだよね。お父さん休みなんでしょ?もう大丈夫だから、そろそろ帰ってあげて。落ち着いたら連絡するから」
一気に言い終えた私にまだ何か言いたそうにしている母も時計を見て諦めたのか帰り支度をすると思い出したように紙袋を渡してきた。
「これ……何?」
「引っ越しのご挨拶の品に決まってるでしょう?」
「えっ、お母さん……こういうのはホント、今どき迷惑だよ?」
「いいの!きちんとご挨拶するのよ?じゃあ、お母さん帰るわね」
言い返す暇もなく言いたい事だけ言って玄関を出てゆく母から渡された紙袋がやけに重いのは恐らく洗剤か何かの挨拶の品なのだろう。
──勘弁してよ、田舎じゃないんだから……
どうにも思考が昭和な母は引っ越しの挨拶は必須だと思っている節があり二十五歳の私には理解出来ないが置いておいても邪魔になる。
──近所の人も貰っても困るだろうな……
しっかり熨斗までつけてあるのは私への嫌がらせではなく母からすれば一般常識なのだろうけど恥ずかしいものは恥ずかしい。
とはいえ挨拶を済ませたかをしつこく聞かれる事がわかりきっている私は渋々ながらメイク直しをしてから紙袋を手に持ち玄関を開けた。
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