1.プロローグ

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1.プロローグ

 その本は、誰の目にも触れぬように、奥深くにしまわれていたはずだった。  決して、目覚めることのないように。    その物語は、世界中で愛された。  その主人公の名を知らぬ者は無いほどに。  その物語の作者は、ある一人の魔女をその本に閉じ込めた。  過ぎた野望が漏れ出さないように。  『すべての命はバランスの上に成り立っているのだ。人間が強すぎても、魔法族が強すぎても、世界は成り立たないのだ。』  彼の言葉があの魔女に届いたのかどうかはわからない。  それから200年近くの月日が流れていた。  「痛っ」  何かを指先にひっかけたのか、小さな傷跡に血が滲んでいた。  その血は指先で丸くなって、やがてその重みに耐えかねてか音もなく、その本の上に落ちた。  「あああっ!どうしよう!」  彼女はそう小さく叫ぶと、辺りを見回した。  誰もいない。  彼女は急いで本の上にハンカチをそっと当てた。  白いハンカチに、微かに赤いシミがつく。  「大丈夫、だよね。」  元々がシミだらけの、古い本だ。  今更、小さなシミが増えても、誰も気がつくまい。  「それにしても…古いよね。初版本だって。」  でも、なんだってこんなところにあるのかなぁ、と彼女はぼんやりとその本を眺めて思った。     
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