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ふた月前に別れた女が、膝を抱えて座っていた。
別れた男の愛を取り戻そうと、押し入れの暗闇の中、息を殺し、間違ったやり方で、歪んだ目で、男を窺う女が、いた。
啓介を見上げ、女は薄っすらと笑った。
啓介の部屋の鍵は電子キーで、啓介は女と別れた後も暗証番号を変えていなかった。女が部屋に忍び込んだのは、どうやらその日が初めてではなかったらしい。
押し入れの中で電話を盗み聞きし、菜摘を新しい女と誤解し、啓介が部屋を留守にしている間に年賀状の束を漁り、住所を確かめ、例の手紙を送ったに違いない、と啓介は言った。
「先週、もう来るな、って言って、出てってもらって暗証番号も変えたんだけど、そっちにまで迷惑かけてたなんて……悪かった」
最後、啓介はやっぱり警察に相談しようかな、と言い、菜摘も大変だねと答えて、電話を切った。
啓介の話を聞いてうすら寒くなった菜摘は、そっと立ち上がり、念のため、と思いながら部屋の隅のクローゼットの握りに手をかけた。
最初にもお話ししたが、これは本当の出来事だ。
関係者はまだその辺にいる。
あなたの部屋の押し入れやクローゼットの黒い隙間が、ただの閉め忘れであればいいのだが。
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