黒い隙間

1/6
前へ
/6ページ
次へ
 はじめにお断りしておく。  これは本当の出来事だ。ジャンルをノンフィクションにしても良かったが、話を書くにあたってディテールは少し脚色してあるし、恋愛、というジャンルにするのも違和感を覚える。私はこの話を聞いて怖いと感じたから、ホラーに入れさせていただいてもいいだろう、と考えた。  最近の話ではないが、関係者はまだその辺にいるし、当然本名は出せない。けれど女A、男A……では味気ない。  とりあえず、最初にこの話に登場する若い女の名前を鈴木菜摘、と呼ぶ。  菜摘がその日仕事を終えてアパートに帰ると、一通の手紙が郵便受けに挟まっていた。  おおかた何かの請求書かダイレクトメールだろう。  そう思いながら引っ張り出して、おや、と思った。  白く、特徴のない封筒で、パソコンで印字された宛名のラベルが貼ってある。  裏面を見る。  差出人がない。  こういう手紙は、たいてい見なければよかった、という後悔が入っているものだ。  部屋に入った菜摘は、一度それをゴミ箱の上まで持っていったが、やっぱり、とその手を戻した。  もしかしたら、相手はうっかり差出人を書き忘れたのかもしれない。  開けたいと捨てたいが行きつ戻りつして、結局菜摘は、手でびりりと封を切った。中を覗く。  折りたたまれた、一枚の、特徴のない白い薄い紙。  ダイレクトメールの派手な色使いを予想していた菜摘は、その瞬間、しまった、と思った。  これは、後悔の方の気配がする。  けれどやはり読みたい気持ちが勝った。三つ折りのその紙を取り出し、おそるおそる開く。  パソコンで打たれた、数行の短い文章が見えた。    「君と電話で楽しそうに話したりとかしたけど   君と付き合う気はないから。   勘違いされちゃ、困る。   君とは全然そんな気ないから。       木村啓介」  菜摘は困惑して、何度かその文面を目で追った。それから、不安な気持ちが膨れ上がった。  もしかして、自分はあの男に対して、誤解を招くような行動や発言をしてしまったのだろうか。  それとも、今まで呑気に話していたあの男は、思い込みの激しい、うっかり話し相手になろうものなら、きっと彼女は自分が好きなはずだ、と考えてしまうような人間だったのだろうか。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加