マンハッタン・キス

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あの人と知り合ったのは、3年前に伺った取り引き先との打ち合わせだった。 「ではこれからもよろしくお願いいたします」 私は他社との共同のプロジェクトに意気込んでいた。 ずっとやりたかった夢が、だんだん形になってきてやっと現実味もわいてきた。 あの時は仕事が楽しくて、毎日がキラキラしていた。 彼と二人っきりになるきっかけは、1年半続いた共同プロジェクトの打ち上げの日だった。 「すみません、ちょっとお手伝いに行ってきます」 私はプロジェクトが終わった達成感と、安堵感で少し飲み過ぎていた。 (ふ~飲み過ぎちゃった…) 少しの気持ち悪さと、お酒でフワフワしている高揚感とで、自分がちゃんと歩けていない事に気付いていなかった。 お手洗いから出ると、同じ様にお手洗いから出てきた彼とぶつかってしまった。 その表紙に私はバランスを崩してしまい、ぶつかった反対方向へ倒れそうになった。 「ああっ」 (倒れる…)と思った瞬間、力強い腕が私の腰に伸びて、彼の胸に引き寄せられていた。 「大丈夫?さっきからよく飲んでいたから。」 彼に抱きしめられながら、優しい笑顔で覗き込まれた。 「あ…すみませんっっ大丈夫です。」 彼の腕の中から、急いで離れた。 私は突然の出来事と、お酒のせいで顔がすごく熱くなるのが分かった。 「ありがとうございました。」 多分、耳まで真っ赤になるくらいに、首から上に熱が集中していた。 「高林部長~!二次会行きますよォ~」 彼の会社の部下が彼を読んだ。 「分かった。すぐ行く」 部下に返事をしてから、すぐ私の方に向き直り耳元でささやくような声で 「この後二人で飲み直さないか?」 突然の誘いでビックリしたが、一緒に仕事をして行くうち、彼に惹かれていたのは間違いない。 けど、彼の左手のリングが自分の気持ちにブレーキをかけていた。 今日が終わると、もう彼に会う口実がなくなるのも分かっている。 断っても、行っても、どっちみち後悔するかもしれない。 でも、こんなことを考える事もなく私は 「はい」 とすぐに答えていた。 彼と身体の関係になるまでの時間はそんなにかからなかった。 彼も私も仕事が忙しいから、頻繁には会えないけど、最低でも月二回は必ず時間を作っていた。 でも、彼とは1度も一緒に朝を迎えた事はない。 明け方になる頃には、いつも私を起こさないようにワイシャツを着ている彼の背中を見つめる。 本当は「帰らないで」って、彼の背中を抱きしめて引き留めたい。 でも、そんなことをしたら、この関係が終わってしまう様な気がする。 私は窓辺にもたれて、彼を見送る。 彼は、振り向き片手を少し左右に振った。 いつも彼が出ていった後は、手を振る動作が出来ない程、寂しさや、悲しさや、愛おしさ全部がぐちゃぐちゃになって涙が溢れる。 始めは、ただ彼を好きなだけで良かった。 今は、会えば会う程同じ気持ちを彼にも求めてしまっている。 でも、それはルール違反だって分かっている。 私の休日は、彼の突然の予定に対応出来る様に全て白紙になっている。 でも、一人で部屋に籠っていても気が滅入るので、少し外出する。 今までは、ショーウィンドーに飾られている全てが素敵で、全部が欲しいくらいだったのに、私が今欲しいものはそれたちでは失くなっている。 街の街頭が点灯し始めると、ふっと淋しさが込み上げてくる。 昨日の今くらいには、彼と一緒にいたのに。 彼は私の事を少しは思い出してくれてるのかな。 「今、待ち合わせしてるの?」 私より少し年下の男の子二人組が、話かけてきた。 今でも、よく声はかけられる方だけど、誘いをかわす術だけは上達した。 別に誰と遊ぼうが、何をしてようが、私を縛っているものは何もないけど、今の私の中心には彼しかいない。 二人の未来を約束出来る訳ではないし、少し先もどうなるのかさえ分からない。 もし出来るならあの夜に戻って、彼の誘いを断っていれば、違う男性との未来もあったかもしれない。 それとも、もっとずっと先の未来に、 「あんなこともあったね」 って、笑い合えてるかもしれない。 「愛してる」 私の欲しい言葉も聞けずに、今日も彼のスマホが鳴る。 この時間の着信が、誰かからくらいは想像がつく。 お願い、今だけは誰も邪魔しないで。 マンハッタン・キス 竹内まりあ
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