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初夏の陽射しがようやく西の山並みへ沈み込む頃、村はずれから馬の嘶きと喚き散らす怒号が聞こえて来た。
「やはりあ奴ら、またやってきおった」
この村の年寄である弥八郎は、屋敷の前に出て村道の向こうを見わたしながら呟いた。それぞれの農家では、関わりを恐れてか扉や戸を閉めひっそりと閉じこもっている。そんな様子を見知っているのか、野盗の一人が農具小屋に火を放った。白煙が立ち上がっていた小屋の軒先から火の手が見え始め、やがて小屋全体が紅蓮の炎に包まれている。
「出てきやがれ。そうでないと、この家にも火を掛けるぞ」
呼び掛けられた農家の主が、戸を開けて転がるように姿を現した。
「それだけはご容赦願います」
「ならば何か目ぼしい物を揃えて持って参れ」
前庭で馬の動きを諫めながら、馬上の男が吼えるように言い放った。
比較的裕福なこの地一帯を、昨秋から荒らしまわる野盗集団の片割れである。隣国の久島藩が取り潰しとなり、藩籍を失った藩士やそのあぶれ者の息子らで、放蕩をほしいままにしていた若輩者の寄せ集めである。ただ、その中で頭を名乗る元藩士は、小野一刀流の流れを汲む道場で師範代を務めていた手練れである。この地の代官とは道場での交わりから顔なじみで、藩籍を無くし当面の方便(たずき)を為すことと、上を狙うための上納金の確保を図りたい思いが一致していた。所謂、蛇の道は蛇であり、当藩への年貢となる米に差し障りがない限りの強奪には目こぼしされていた。そこで金銭や家宝としている名品を主として取り上げ、その三割方を代官へ渡していた。そんな代官の手心があるのと、野盗を恐れる役人の手並みの悪さが、彼らをのさばらせていた。
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