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つれない代官所の取締に業を煮やしたこの村では、春先から一人、二人と旅の浪人や武芸者を雇い始め、今では村の三役となる庄屋、年寄、百姓代の家で合わせて五人を抱え込んでいた。そんな浪人が初めて役に立ち、これからのことも考えた弥八郎は五人を慰労しようとしている。直ぐに酒席を整えた座敷で酒を酌み交わし、座が盛り上がりを見せた頃、屋敷前が騒々しくなった。弥八郎の一人息子である弥兵衛が表に出ると、月明りに照らされ十人ほどの男が屋敷を囲もうとしているのが見られた。
「野盗が仕返しに来た」
急いで屋敷に戻った弥兵衛が、座敷に向かって叫んでいる。
「わしは山木伝兵衛と申す。要らざる殺生をしたくないが、先程の手下への仕打ちはお返ししなければならぬ」
野盗の頭となる男の響くような掛け声に、浪人の中で動揺が走った。
「皆様方、お相手を仕りましょうか」
そんな動揺を無視して山住が、立ち上った。その後ろには砂橋が弓を持って続くが、残り三人の浪人が浮足立っている。
「お主ら、ここまで十分な手当をもらっておきながら、如何した」
「山木と言えば、取り潰しとなった久島藩で同じ俸禄を育んだ身であり、お相手は致しかねる」
山住の言葉が叱責のように聞こえたのか、浪人の一人が投げやりな答えを返した。
「某も同様にござる」
他の二人もすぐさま続けた。
「山木伝兵衛は小野一刀流道場の師範代を務めた男と聞いておりますが、おじけづかれましたか」
弥八郎は、この場に来て三人の言葉に怒りを覚えていた。
「いや、そうではない。同藩の者同士が争うのは、元の藩主に対し申訳が立たないと言っておる」
先の浪人が答えた。
「そこまで言われるのであれば、ここから退散されてはどうか」
「そうか。ならば早速に引かせてもらう」
三人が、調子を合わせるように屋敷の外へ出た。
「山木殿、わしじゃ、わしじゃ」
なれなれしく頭に声を掛けながら歩み寄ろうとしたが、直ぐに放たれた矢を受けて身もだえしている。
「これは見せしめのために、皆殺しを策しておるやも知れん」
三人の倒れた姿を見て、山住が言った。
「ここは私と砂橋殿で時を稼ぎますので、弥八郎殿は一家を連れてお逃げ下さい」
「いや、父は病に臥しており、残す訳にはいきません。何なりと抗うつもりです」
弥八郎は土間の隅にあった六尺棒を手にすると、振り向いて弥兵衛に向かった。
「弥兵衛、お前は隙を見て逃げろ」
「お父、わしも野盗と戦うぞ」
「馬鹿を言うな。子供がいては、お二人の足手まといになってしまう。それより、生き延びて大きくなったら、この不正を正して欲しい。判ったか」
座敷では母親と下働きの婆が、じっと弥兵衛を見つめていた。
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