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「十三で無惨なことになるとは、可哀想な奴じゃ。お前に没義道を正し、道義へと導く胆力が、真に備えることが出来るなら力を貸してやっても好いが」
「わしは、あのような不逞の輩を見逃すことは出来ぬ。これは父の死を乗り越えて、必ず成し遂げねばならぬ」
「よし、判った。相当に執心が強いようじゃが、この修行は厳しいことになる。それに耐えられるか」
「あの残忍な輩と抗するのに、強くなるための厳しい修行は望むところだ」
「よく言った。ならば師に会わせてやるが、その師というのは実と虚の剣を扱う猛者じゃ。数年を要するかも知れんが、現世では数日にしかならん。ともかく、師の教えを聞き、体で覚えることじゃ」
そこで白髪の老人の姿が揺らぐと先程の轟音が再び始まり、姿が消え去ると静まっていた。弥兵衛は空腹に堪えかね、廻りを見回している。暗闇にも目が慣れ、おぼろげながら洞穴の広がりが判り始めてきた。そんな穴の奥から鍋を手提げにして老婆が現れた。
「お前様におますか。爺様に言われて粥を持って来た」
弥兵衛は仄かに香る粥の匂いに誘われ、老婆に言われるまま食している。
「ところで、こんな洞穴で何故粥を作ることが出来るのだ」
腹を満たした弥兵衛は、疑問が湧いて来た。
「爺様は話しませなんだか。この洞穴の先には脇道があって、そこへ進むとおらの村に出ますんや」
「ほう、この洞穴は外と繋がっていたのか」
「だがの、そこは此岸で、現世の者には見えんかも知れまへん」
「なに、此岸だと。それは死後の世か」
「そうでおますな。ここからは、先生に聞きなはれ。ほらあっちから来やはったのが、先生におます」
こう言うと、老婆が手早く空になった鍋を下げて帰って行った。
入れ替わりに弥兵衛の前に立ったのは、厳めしい面構えをした侍である。
「修行を望むのは、そちか」
「はい、弥兵衛と申します」
威厳のある言葉使いに、弥兵衛は思わず端座し低頭していた。
「爺様に大方のことは聞いたが、惨いことに相成ったそうじゃな。そこで正義を貫こうとするのは、理に適うことじゃ。某がそちの手助けをしてやる」
「わしのような者を、お助け頂くとはどちら様にございましょう」
「某か。某は彼岸から来た不動とでも名乗っておこう。そちには世を正すための剣の奥義、それに人として生きる意味のようなことを授ける。それが闇の剣士の一人として、生きることになる」
弥兵衛は、頭が混乱してきた。彼岸から来たとは。それに闇の剣士とは。
「わはは、そちは惑っておるな」
不動と名乗る侍が大笑いし、話を続けた。
「この洞穴は、現世から此岸に繋がっておる。此岸と言うのは、彼岸に相対する言葉で現世のことになるが、観念の上では現世から離れた死後が含まれておる。そこで彼岸とは、此岸の向こうにあり煩悩を解脱し悟りを啓いた者の境地だ」
「すると不動様は、亡くなられたお方で、どうして彼岸からお越し出来ますのか」
「現世には悪行と言うものが語りつくせないほど蔓延っておる。そのことを正したい意志が、いまだ消え去ることがなく、彼岸と此岸をさ迷っておるからだ。だが現世に行くことは儘ならぬ故、それが出来そうな者を、現世と此岸が交錯するここで確かめておる」
「では闇の剣士とは、如何なる者になるのでございますか」
「現世の煩悩にまみれ悪行を重ねる輩を懲らしめる剣士だ。その中で断ずれば死を与えることもあろうが、そんな輩がおるからこそ地獄と言う観念が生まれたことになる」
「何とか判りましてございます」
「ならば早速に始めることとするが、ここでは文字が読みずらかろう。婆様の家の隣家が空いておるので、移ることにする」
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