cry

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 真っ暗な子ども部屋の中で鼻をすする音が響いていた。気づいたのはクーラーのタイマーが切れてあまりの暑苦しさで目が覚めたからだ。  震えるように息をしているのは横に寝てる弟の陽人(はると)じゃなくて、その向こう側に寝ている瑛大(えいた)のようだ。    瑛大はわたしより二つ年下の小学2年生。入学と同時に隣の家に引っ越してきた。  陽人と瑛大は仲良しで、わたしはもう1人弟ができたくらいに思っていた。今夜はいつものお泊まり会。 (瑛大が泣いてる)  またこの感覚だ。体の真ん中あたりがぎゅうっと締め付けられて苦しくなる。  瑛大のお母さんが出て行ったのは、今年の春のことだった。  4日前から瑛大が学校を休んでいて、『具合が悪いから』って知らせてくれたのは瑛大のお父さんだった。いつもは瑛大のお母さんが教えてくれるけど、それを疑問には思わなかった。仕方なく今日も陽人が一緒に登校する。  コンビニの駐車場で待ち合わせている友だちが合流すると、声を抑えるようにして尋ねてきた。 「2年生の瑛大って子のお母さん、男の人と出てっちゃったの?」 「え!? 知らない。うそだあ」 「ホントだよ。うちのママが言ってたもん。和葉(かずは)ちゃん隣の家だから知ってるのかと思った」  瑛大のお母さんが出て行った?  そんな事信じられない。だってつい最近……会ったのは先週の月曜日だ。  ゴミを出していた瑛大のお母さんに「いってらっしゃい」って声をかけられた。  瑛大のお母さんはいつ会ってもキレイな恰好をしていた。  お化粧もちゃんとしていて、うちのお母さんが持っていないようなロングスカートをよく履いている。  お菓子を作るのも上手で、家に帰って手作りのクッキーがあると「やった! 瑛大んちのおやつだあ」なんてわたしと弟は口を揃える。  優しくてフワフワとしたかわいい女の人って感じがするお母さん。  瑛大とよく手をつないで歩いてた。  瑛大、大丈夫かな? 泣いてないかな?    色白で小っちゃくて、陽人と同じ学年には全く見えない、泣き虫な瑛大。  この前は体育の授業中、運動場で泣きながら鉄棒をしてるとこも見かけた。  瑛大のことを考えると、喉の奥がぐっと何かに掴まれたみたいに苦しくなった。  たまらずわたしは歩きながらブラウスの一番上のボタンを外す。  瑛大のお母さん、どうして出て行っちゃったんだろう?  どうして男の人と……?   小さな黒い虫が体の中にいるみたいで、その言葉はぞろぞろとわたしの中を這いずりまわった。今まで経験したことの無いような気持ちの悪さだった。
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