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……すいやせんねぇ、平泉まであと少しってのに、日が暮れちまった。今宵はこの金成(かんなり)の我が家で休んでくだせぇな。……なに、うちの二親のことを知りたい? どっかで聞いたんですかい? まぁ、この金成のあたりじゃ知らぬものとていない話ですからねぇ……ほんとの話かなんて息子のあっしにもわかりやせんがね、そりゃもう繰り返し聞かされましたよ。まあ、御伽噺だと思って聞いてくだせぇ。
むかしむかし京の都にそれはそれは醜い顔の高貴な姫様がおりました。世にまれなる醜女ゆえ嫁の貰い手もなく、日夜清水の観音様の祈りを捧げるばかり。ある夜、姫の夢にその観音様が現れまして、陸奥国は栗原郡の金成の、炭焼きの藤太の元へ嫁げとお告げがきたもんだ。
で、その姫様はそのお告げを真に受けてしまって、炭焼き男の元に嫁ぐと言ってきかない。姫の親は、なんでもお大臣様だったとかいう話ですぜ? いくら嫁の貰い手がないからって陸奥の炭焼き男の元に行くなんて、そりゃ許せるわけない。しかしなんとまあ、最後には折れて娘に砂金をもたせた上で陸奥にやった。娘も娘なら親も親ってもんだ。
金成の山奥で炭を焼いていた藤太という男は、まあ素直で働き者なだけが取り柄の、悪く言えば頭のよろしくない貧乏人で、嫁っこをもらうなんて夢もまた夢な男だった。それがある日、家にいきなり都の姫さまが押しかけ女房にきたんだから……話しているあっしもだんだん馬鹿らしくなってきやしたが、ひと悶着の後、二人は夫婦になりましたとさ、めでたしめでたし……と言いたいとこですが、話はまだ続きますぜ。
ともかく貧しい藤太の家にはなにもない。姫は都から大事に持ってきた砂金の袋を渡し、夫にこれで市で買い物をしてくるように言った。ところがこの藤太、極めつけの愚か者でね、市に行く途中にあった沼に鴨がいるのを見て、その砂金の入った袋を鴨にぶつけて仕留めるのに使っちまったんです。
さすがの姫も夫が大事な砂金を鴨を仕留めるのに使っちまったと聞いてたいそう落胆し、「あの砂金があれば鴨など何十羽でも買えたものを」と文句を言ったとか。ところが藤太はケロリとして「あんな光る砂がなんだ? 俺が炭を焼いている山にあんなものはいくらでもあるぞ?」とさも不思議そうに言ったもんだ。驚いた姫が夫の炭焼き場に行ってみると、そこはたしかにまだ誰にも知られていない金山でありやした。
新妻から教えてもらって砂金の価値ってもんを初めて知った藤太は炭焼きをやめて夫婦で砂金掘りをやり、またたくまに大金持ちに。めでたしめでたし。
これがあっしの二親の物語ですよ。ちなみにあっしは母が子宝に恵まれるよう熊野権現に祈ったら、橘を賜る夢を見て、それで生まれた子なので橘次と名付けられやした。長じて二親が残した金山の砂金を都に売る商売人、そんで平泉の御館にも覚えのめでたい「金売り吉次」になったってわけで……
……え? いまの話、よく似た話を出雲から来た者にも聞いたことがある。……はは、御曹司、だから御伽話だと言ったじゃないですかい。あるいはすべては清水の観音様のおかげとでも思ってくださいな。ついでに言いやすと、あっしなんて似たような話を筑紫の商人から聞いたことまでありますぜ。
さ、夜も更けてまいりやしたね。明日は日が昇ったらすぐに発ちやしょう。平泉はもうすぐそこです。御館も源氏の血を引く御曹司の到着を待ち望んでおられますぜ。……ええ、ええ、平泉は都で言われているように黄金の都ですぜ。これは御伽話でもなくまことの話ってもんで。この陸奥はいたる所に金山だらけなものでね。なにしろ、炭焼き男がその価値に気づかないほどありふれているくらいには。
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