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※
「なんだか都市伝説みたいな話なんだけどね」
学食の賑わいも少し落ち着いた頃。
考える必要がない点だけはありがたい。ぼんやりしかける頭の為に頼んだ砂糖もミルクも入れない真っ黒な珈琲を一口飲んだところで、向かいに座る紗奈の話は始まった。いつもとは違う切り口だが、中々進まない話し方は相変わらずだ。
あっちへいったりこっちへいったり脱線を繰り返す紗奈の話をまとめると、私達の通うこの大学から歩いて十数分。地元住民の間でもメジャーとは言えないくらいの小さな映画館があるそうだ。そしてそこでは必ず『名作』が観られる、とのこと。
『名作』と言われても漠然としすぎていて、ピンとこないしそこまで大きなリアクションはとれない。
しかし紗奈は私の反応まで予想の範疇と言いたげにソーサーからカップを持ち上げて紅茶で喉を潤す。
「その映画館で見た映画の内容はね、誰にも言っちゃいけないの。自分だけの特別な映画。だから『名作』なの」
「…そういう商法とかじゃなくて?なんか信憑性に欠ける話じゃない」
言いながら、都市伝説という単語を思い出した私はそういう類の話なら別におかしくはないのかと一旦自分を納得させる。
「だから確かめに行くって話なの」
紗奈はパステルピンクのフレンチネイルが施された華奢な指先で二本目の砂糖の小袋の口を破いた。
「へぇ、気を付けなさいよ。変な団体の集会とかやってたらうまく逃げてね」
勢いよく注がれた真っ白な砂糖が薄茶色の海に溶けていく。穏やかに映る現象はしかし、紗奈のスプーンの乱暴な動きによって強制終了させられてしまった。
「遙も一緒に行くの!これから!今日はこの後予定ないの分かってるんだからね」
「勘弁してよ…」
長い付き合いだから分かる。この調子になった紗奈を止めるのは不可能だ。項垂れた先にあるカップの水面に、隈の目立つ顔が虚しく揺れていた。
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