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私が警戒していたような怪しい集団はいないし、勧誘もなかった。チケットの買い方や、あちこちから木の香りがする古い造り、オレンジ色の革張りの座席。規模こそ違えど私の知る映画館、所謂ミニシアターの範疇は出ない。つまりここまでは何の変哲もない映画館という結果である。
「他にもお客さんいるね」
まだ上映前だが紗奈は耳打ちするような小声で私に話し掛ける。あからさまにならないように首を回すと、五十ほどの座席には二、三人の間隔をとるように客が落ち着いている。
「皆『名作』を観るつもりで来てるのかね」
「うーん、知ってる人もいるだろうし、適当に入ってる人もいると思う」
小さなイーゼルは、映画館の入り口に控えめに置かれていた。上映内容を知らせるはずのそれには映画のポスターは貼られておらず、クリーム色の用紙に書かれた上映時間の数字だけが並ぶ。
噂を知らない人は、リバイバル上映でもされるのかとチケットを購入したのだろう。
「あ、もう始まるみたい」
劇場内の明かりがその力を徐々になくし、目の前にあるスクリーンだけが光源になる。
流れ始めたのは灰色の文字。私はゆっくり移動するそれを目で追った。
【これから上映される映画にタイトルはありません。上映に関してのお願いは一つです。ここで観た映画の内容を誰かに語るのはご遠慮下さい。許される表現は、『名作を観た』に留めて頂けると幸いです。もし他言をしてしまったペナルティですが、二度とこの映画を観られないということです。館内のスタッフへの映画に関しての質問もご遠慮頂きますので、ご了承下さい。
失礼致しました、お願いが二つになってしまいましたね。
前置きはここまでです。それでは、あなただけの映画をお楽しみ下さい】
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