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「あの、何も見えなかったけれど…名作でした」
私の観た暗闇が映画館側の問題なら、何かしらの反応があるだろう。鎌をかけるのは嫌だが、納得しかけたタイミングで現れた男性にもほんの少し責任がある。
「そうですか、それは良かった。ここはお客様が一番観たい映画を与えてくれる場所ですからね」
しかし思惑は外れ、男性は柔和な笑みを浮かべている。私は小さく息を吐き、会釈をして背を向けた。
「…貴女は常連になりそうですね」
気まぐれに吹いた風の音に攫われかけた声は、私の耳に届いていた。
けれど勢いよく振り返った私の目に、男性の姿は映らなかった。
「大丈夫?なんか話してたみたいだけど」
「うん、大丈夫…待たせてごめん。ご飯食べに行こうか」
紗奈の背中を押して、駅の方へ足を踏み出す。
男性の言葉は、やがて現実となる。
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