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「警察の1番大事な仕事は、犯人を捕まえることでなく、事件を事前に予防することだよ」と彼は言った。
彼は同じ警察署に勤める先輩警察官だった。
彼の警察官としての成績は群を抜いていた。
彼がこの警察署に来てからの検挙率は100%だった。彼に捕まえられない犯人はいなかった。
管轄地域で誘拐事件が起こった時、彼は1人でふらっと出て行ったと思うと、その数時間後に犯人を捕まえて署に戻ってきた。
なぜ犯人の場所がわかったのか?と訊かれると、パトロール中に偶然見つけた倉庫を調べていたら犯人がいたということだった。
その倉庫も管轄外のところで、他の警察官は絶対にそこまでパトロールをしない。それでも彼は管轄外だろうが何だろうが、気になった場所は必ずパトロールをしていた。事件を予防するためにも、管轄外のことを知るのは必要なことだと彼はよく言った。
私にとって彼は憧れの目指すべき警察官像だった。だからもっと彼のことを知りたくなった。
彼は単独行動を好む人だ。
だから彼を尾行することにした。
彼が1人で何をしているのか、もっと知る必要がある。それを真似て理想の警察官になるのだという使命が、私を支配していた。警察署を後にした彼は30分ほど歩いて、ある建物の地下に入っていく。
1分ほど待ってから私も地下に入ると、奥の方に濃い緑色の鉄の扉があった。彼はあの中にいるのだろうか。そう思い、鉄の扉の覗き穴に右目を設置した。
彼が1人で立っているのが見える。彼の真正面には大きな鏡が立っている。壁全体を覆うように鏡が設置されている。何かのダンススタジオのようにも見える。彼がその鏡に向かって何か話しているのが聞こえた。
「3丁目で起こった強盗事件の犯人は誰になるのかな?教えてもらえる?」
そう彼が言うと、鏡は真っ暗になった。
そして真っ暗な中に大きな脳みそが姿を現す。
文字通りそれは巨大な脳みそだった。
成人男性より大きな脳みそが先輩に語りかける。
「4丁目に〇〇アパート203号室に住んでる大学生だよ。金に困ってやっちゃったみたいだね」
なるほどね、ありがとう、明日にでも捕まえに行くよと先輩は脳みそに礼を言った。
「後ね気になることがわかったんだ。7丁目の5番地の一軒家に住んでるご主人、良からぬことを企んでるね」
「良からぬことって?」
「殺人を起こそうとしてる。不倫がバレて奥さんにバラすって強請られてるみたい。」
「それが実際に起きる確率は?」
「72.1%だね。かなり高い確率で起こる」
先輩は腕を組んで、しばらく何かを考えていた。
そして腕を解き放ってズボンのポケットに手を入れて話し始める。
「事前に防止するしかないな。ご主人を強請ってる奴をうつ病にでもさせるか。そうすれば人を強請る気持ちも無くなるでしょ」
先輩がそう言うと、鏡の中の脳みそはブルブル震え出した。そして白くて大きな翼を生やした。
翼を生やした脳みそは、翼を羽ばたかせて鏡の中から消えてしまった。どこかに飛んでいったように見えた。
「また事件を未然に防いだ。よかったよかった」と先輩は大きく伸びをした。
鏡は元の透明な色に戻っていた。
これ以上ここにいては危険だと思い、私はその場を離れる。
知ってはいけない先輩の秘密を見てしまった気がした。
あの巨大な脳みそがこの街をずっと監視しているのだ。
翼が羽ばたく音が聞こえる。
見上げると、黒いカラスが飛んでいる。
私はほっとする。ほっとした束の間、斜め上に街灯ね設置された鏡が目に入る。
その鏡には白い翼を羽ばたかせるピンク色の脳みそが写っていた。
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