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「嫌いなら、どうして誘ったんだよ。わけわかんねえ」
つーか、乗った俺もわけわかんねえ。気まずそうな顔で睨まれて、思わず怯んでしまう。
「後腐れ、なさそうだからでしょ」
金曜日の21時、ニッカの看板下は当たり前のように人でごった返していた。なに言ってんだよ、と返される前に、「誰でもいいなら、わたしでもいいんじゃないの」とワイシャツではなく手首を掴んだ。
──誰でもいいなんて、言ってねえだろ。
──でも、来るもの拒まずだったでしょ。前までは。
──もうやめたんだよ。虚しいだけだから。
──やめたって、初恋が叶うわけでもないのに?
わたしの手を振り解こうとかざした手首には、ハミルトンの腕時計。ステンレススチールのバックルが街灯にきらきら光る。爪甲が長くかたちのいい爪は、短く切り揃えられている。血管が浮き出た前腕は、やっぱり男らしい。顔に、似合わず。
この人のトータルコーディネートが好きだ、と胸が焦がれた。
揺れる柔らかそうな髪の毛から、艶のあるダークブラウンの革靴に至るまで、どうしてか、どうしようもなく惹かれて、気づけば三年も経っていた。
「おまえ、さばさばしてるから」
「自分でもそう思ってるけど、自称さばさば女ほど信用できないものはないよ」
「そういうところが、さばさばしてて後腐れなさそうなんだよな」
ベッドの縁に腰掛けていた東が、寝転がったままのわたしに覆い被さるように近づいてきた。きゅっと目を瞑った瞬間、「服、直してやる」と優しい声が降ってくる。
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