#6 四の五の言わずに宵の口

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 明るく開けた、つい寄りたくなるお店。それが足を踏み入れた第一印象だった。  すれ違う店員の「いらっしゃいませ」ははきはきと気持ちのいいものだし、店内のポップも目に留まりやすい。明るく買い物しやすい雰囲気づくりという簡単なようで難しい目標を達成し、リピーター率を上げていったんだ。店長が誇らしげにそう話していた。 「SANOスーパーってちょっと高いイメージがあったんですけど、そうでもないんですね。うちの近くにはなくて」  店内を眺めて回る佐野さんの半歩後ろから話しかける。そういうイメージで売ってるところもあるからね、と声だけが返ってきた。 「お兄さんが、いらっしゃるんですね。同じように部長さんとかなんですか?」  佐野さんの足が止まった。鮮魚コーナーの前だ。「この鮭、美味しいんだよ。20%引きになってるし買っていこうかな」──切り身の鮭が二切れ入ったトレーを持ち上げ、穏やかな声で言う。 「どちらかが会社を継がれるんですよね。すごい、わたしには縁のない話……」 「いないよ」  ばっさりと切り捨てるような、冷たい芯を感じさせる声だった。そして、トレーを持ったまま続ける。「いないよ。どこか行っちゃった」。 「行方不明なんだよね。いい歳して子どもみたいな人だったからなあ、元気にしてるといいんだけど」  つばきちゃんもなにか買ってく?せっかくだし。やっと振り向いた佐野さんにはまた完璧な笑顔が貼りついていた。これ以上は訊くべきではない。そう、直感した。
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