#7 恋に落ちる真夏の夜更け

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──Side 隆平  会社の近くにはコンビニが二軒あるが、俺はビルの裏手にあるほうをよく使っている。そして、そっちに行くには裏口を使うのが一番早いということも知っている。  いつまで経っても高瀬からの連絡がないので、気分転換をしようとコンビニに向かうところだった。  そうそう見かけないえらくごつい(・・・)車が停まっていて、何事かと不躾に中を覗いてしまった。いまにして思えば、スルーしなかった自分の嗅覚を褒め称えたいが。  ──あの車、一千万は下らないよな。さすが、御曹司は違う。  マンションの青空駐車場に停めてある自らの愛車を思い出す。パールホワイトのSUV車は、昨年新車で購入したものだ。ちなみに5年ローン。もちろん気に入ってはいるが、男としてのグレードの違いを示されたようで面白くない。 「それ、美味しくない?」  沈んだ声で我に返った。取り皿のナスを箸で摘んだまま固まっていたらしい。 「悪い、考えごとしてた。うまいよ、相変わらず」 「ほんと?よかった」  ほっと緊張が解けたような笑顔に、また心臓が飛び跳ねた。地味かなって思ったんだけど、味噌炒め、好きなの。正座してぴんと背筋を伸ばし、白米と味噌汁とおかずを交互に口に運んでいる。  高瀬は、お手本のような箸の持ち方をする。それに食べ物からあまり目を離さない。おそらく、茶碗にご飯粒をひとつも残さないタイプだ。  食事の仕方が綺麗なのだ。料理をするのも食べるのも好きだというのが表れていて、食に敬意を払っているようにすら見える。  ──昨日はすみませんでした。つばきちゃんにも改めて謝罪を伝えておいてください。  朝イチで佐野さんに電話をかけると、なんと2コール目で出た。淡々と状況を確認し、「今後もよろしくお願いします」と切ろうとしたところで、彼は声色ひとつ変えずにそう言ったのだ。まるで、ついでのように。  つばきちゃん、って呼び方は改めないのかよ。喉元まで出かかったセリフをなんとか飲み込み、「はい、伝えます。東京出張、お気をつけて」と赤い電話マークをタップした。切ってから無性にニコチンが欲しくなり、勤務時間中にも関わらず喫煙所に向かった。  外灯に照らされた、いまにも泣きそうな高瀬の顔を思い出す。リップが少し剥げていることに気づき、はらわたが煮え繰り返りそうになった。
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