#7 恋に落ちる真夏の夜更け

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──Side 隆平  勝手にキスされてんじゃねえよ、と見当違いな怒りをおぼえた。俺以外の男が高瀬の女の部分を見たという事実が悔しくてたまらない。  それに、無防備で無自覚なこいつもこいつだ。自分をもっと客観視してみろよ。最近のおまえ、見るたびに──。 「ねえ、東」  控えめな声にはっとする。またしてもトリップしていたようだ。 「ん?」 「あのね、今度、でいいんだけど」  高瀬がお椀を置いて、意を決したように顔を上げた。お椀の中身は豆腐とわかめの味噌汁だ。時間がないから顆粒だしでごめんね、と言われたが、そんなことはどうでもいいくらいにうまい。 「よかったら、初恋の話、聞かせてほしいな」  はつこい、と間抜けな声で復唱してしまった。それがいったいなんの話なのか、すぐには結びつかなかったからだ。 「あ、もしかして、トラウマみたいになってる?心の傷、抉っちゃってる?」 「いや……普通に忘れてた。終わったの、もう半年も前のことだぞ」  小鉢に残った最後のパプリカを咀嚼しながら、半年前──クソ寒い1月上旬、雪深い地元での出来事を思い出す。ずるずると引きずっていた、自分で傷つけたくせに忘れられなかった幼なじみへの初恋を断ち切った。  綺麗に終えられたと思ったが、やはり時々は思い出した。そのたびに、結婚しちまったんだよなあ、と当てのない喪失感に苛まれたりもした。同じ街に住んでいても会うことなどない。札幌は狭いようで広い街なのだと実感した。  幼なじみでもなければ、到底手の届かないような女だった。美人で明るく頭が良く、地元の名士のひとり娘で、周りから一目置かれていた。友達のほとんどはあいつに憧れていたし、俺もそうだった。気がついたら、憧れが恋に変わっていた。  子どものころ、女みたいな顔のせいで虐められていた──というか、イジられていた──俺を何度も助けてくれた。高校生になってからやっと告白し、頷いてくれた瞬間は天にも昇る気持ちだったことをよく覚えている。初体験は俺の部屋。いま思えば、目も当てられないくらい下手くそな行為だった。  好きだった。ほんの出来心からあいつをずたずたに傷つけ、別れ、再会するまで何年も顔を合わせていない間も、心のどこかに必ず存在があった。いつか謝りたいと、許してほしいと思っていた。恋人には戻れなくても、せめて幼なじみには戻りたいと願っていた。
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