#7 恋に落ちる真夏の夜更け

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 食器を洗いながら、テレビを見て笑っている東に視線を遣った。お笑いが好きなのだろうか。さっきから、堪えきれないように肩を震わせているけど。 「全部やらせて悪いな。食器くらいは俺が洗ったのに」 「いいよ。キッチン見られるの、やっぱり恥ずかしいし」  食器を洗うという提案を蹴ったのは正解だった。使うたびに綺麗にしてはいるものの、水回りをまじまじと見られるのは落ち着かない。ましてや好きな人に。こんなわたしだけど、できればいいところだけを見せていたい。  ──初恋の話、ちょっと踏み込みすぎたかな。  さっきの東は、確かにここではないところにいた。思い出を懐かしむように遠い目をして、うっすらと微笑んでいるようにすら見えた。 苦しいけれど綺麗な思い出として残っているのだ、と胸の奥が痛んだ。彼を好きになってからの三年間、女として見られていないと自覚するたびに痛んだのと同じところ。  ──好きだから全部知りたいっていうのは、欲張りで子どもくさい願望なのかな。  もう恋なんかしたくねえわ、と言われたらどうしよう。そういう不安はもちろんある。だけど、それでおしまいにはしたくない。なにもせずに消化できるような気持ちじゃない。そういう段階は、もうとっくに超えている。  これ以上好きになったら、きっと、もっと欲しくなる。  見ているだけで良かったのに、ずっと彼の隣にいたい、好きになってほしい、なんて欲が湧いている。抱きしめられたりキスされると、お腹の下のほうがきゅんと甘く疼く。こんなの、東に触れられるまで知らなかった感覚だ。  はじめてをもらって、と言えるような関係に──恋人に、なりたい。東の彼女に、なりたい。 * 「来週?そりゃまた、随分と急っすね」  そろそろ外勤に出ようと席を立った瞬間、ぎょっとしたような声が聞こえた。向井くんだ。彼の声は、スポーツで鍛えた身体に負けないくらい大きい。 「係長が伝え忘れてたんだとよ。悪いけど、外せない訪問はおまえと間中に頼むことになるから」 「了解っす。いやー、それにしてもきついな。隆平さんも高瀬さんもいないなんて」  ──え?  なんの話、と右横を向くと、東とばっちり目が合った。「でもいいなあ、函館(はこだて)かあ。俺も行きてー」というセリフに、今度はわたしが素っ頓狂な声を上げる番だった。
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