#7 恋に落ちる真夏の夜更け

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「これ、さっき隆平さんが買ってきてくれました。飲みます?カルピスソーダ」 「ありがと。もらおうかな」 「そのSANOさんのやつ、高瀬さんと直接話したいって言ってましたよ。隆平さん、どこ行ったかなあ。また久保さんに捕まってるかな」  サイダーのペットボトルを開ける、炭酸特有の小気味いい音が響いた。途端に喉の渇きを覚え、中身が吹き出さないように慎重に蓋を捻る。 「久保くんと喫煙所じゃない?ちょっと見てくるよ」  カルピスソーダをひと口含み、ジャケットを椅子の背もたれに掛けて事務所を後にした。喫煙所は階段の向かい、フロアの東端だ。  いつもなにを話しているんだか、タイプが同じようには見えないのに仲がいい。おかげで、にわか喫煙者だった東が本物の喫煙者になりつつある。 「つばきがね、わたしに隠しごとしてるの」  エレベーターホールを通り過ぎようとしたときだった。可愛らしい声がわたしの名前をなぞったのが聞こえ、思わず足を止める。 「しかも、一番聞きたい恋の話。親友だと思ってるの、わたしだけなのかなぁ」  舌足らずな喋り方、守ってあげたくなるような声。茉以子だ。辺りを見回すと、左手にあるコピー室の扉が少しだけ開いている。  ──こんなところで、誰と喋っているんだろう。  茉以子にとって、こんなふうに「お喋り」する相手はそう多くないはずだ。同期の誰かだろうか。でも、どうして営業部のフロアで──。 「さあ、どうだろうな」  続いて聞こえた声に、身体が凍ったように固まった。聞き間違いだろうかと自身に問い質して、すぐに(かぶり)を振る。わたしがこの声を聞き間違えるはずが、ない。
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