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「言わないよ。黙っておくね」
「梁川、おまえな」
「本気じゃない、んでしょ。隆平くんは、いつも、誰にでも」
大きなため息と、紙の束を置く音が聞こえる。「どういう意味だよ」「べつに。それに、つばきに隠しごとしてるのはわたしも同じだし」──やはり聞いてはまずかったのかもしれない。つい数秒前まで身体を固めていたことが嘘のように、素早くトイレに駆け込んだ。
「……なに、いまの」
個室に入って深呼吸をしても、ふたりの声が耳から離れない。疑問符の無限ループだ。頭の中にヒントが散らばって、それを結びつける糸が絡まっているよう。
なにも分からないのは確かなのに、端っこでヒントと糸が結ばれていることに気づく。隆平くん、と呼ぶ理由。言葉に含まれる小さな棘の正体。はたまた、佐野さんとわたしがうまくいくことを願っている理由。恋愛経験は乏しくても、人の感情に疎いほうではないはずだ。
東と茉以子になんらかの関係があるなんて、考えたこともなかった。思いつく限りのパターンを洗い出そうとしても、ぐるぐると絡まって解けそうにない。もはや、頭が考えることを放棄しているようだ。
──どう、しよう。あのふたりが、付き合っていたりしたら。
完敗だ。茉以子に勝てるわけがないし、戦う勇気もない。それでも燻っている気持ちは燃え続ける。早く伝えて玉砕しろよ、と言わんばかりに。
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