#7 恋に落ちる真夏の夜更け

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「荷物あるだろうから迎えに行くわ。7時半な」  大丈夫、と言う前に電話が切れてしまった。昨夜のことだ。その言葉のとおり、マンションを出ると白いSUV車が停まっていた。どこに乗ればいいかとまごつく(・・・・)わたしの手を引いて、「早く乗れよ」と彼が当たり前のように助手席のドアを開けた。今朝のことだ。  どうやら、遠出だからと理由をつけて自家用車を使う許可を取ったらしい。社用車ならまだしも、自家用車なんて完全なプライベート空間だ。ましてや助手席に乗せられているなど、緊張と幸福感で倒れてしまうのではないだろうか。 「函館営業所って行ったことあるか?けっこうでかいんだよな」 「ううん、道南の方は一度も。前は帯広(おびひろ)にいたから、道東とオホーツクはだいたい」 「そうか。俺はずっと本社だからなあ」 「異動希望出してみるとか」 「いまさらかよ。地元の近くとか行きたくねえぞ」 「地元、どこだっけ」 「道北のド田舎。もうあそこじゃ暮らせねえわ」  他愛もない会話をしながら窓の外を眺める。淡い雲がかかった空の下に広がる街並みは、浅く広い。もうすぐ札幌を出るところらしいが、高速道路に乗ると、いまどこを走っているのかさっぱり分からない。  ここから函館までは3時間半。今日の昼飯は高瀬が決めていいぞ、と言われたので、あの有名なハンバーガーショップに決めた。  メインは午後二時からの研修会で、函館営業所で行われるものだ。明日の午前中もお邪魔して打ち合わせをし──だいたい、本社にああしてほしいとかこうしてほしいとか、要望と愚痴の狭間みたいな話を聞かされる──、午後は取引先の函館支社や競合企業を訪問する予定だ。 「今日は、やっぱり飲み会?」 「いや、かわしといた」 「え、どうして」 「……ふたりで、なんか食いに行こうと思って」  車内に流れているのは、音楽配信サブスクのプレイリスト。タイトルは「夏ドライブ」らしい。小さな声とアップテンポなラブソングが重なって、不意打ちに胸が高鳴る。
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