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結局、コピー室での一件については直接的に訊くことができなかった。やっと訊けたのは、「茉以子っていま、彼氏いるの?」だけ。いないよ、いたらすぐ話してるって、と返され、「つばきこそどうなの」と反撃に遭う羽目になった。
──まさか元彼?だけど、東は特別な相手を作らないはず。ということは……セフレ、とか。
妙な想像が頭を過ぎり泣きそうになったのは一度ではない。茉以子がわたしに隠していること。東との、秘密。いつも、誰にでも、本気にならない東。
前進したと思われたわたしの恋は、やはり不毛かもしれない。推定負け率99パーセント。1パーセントは、希望。
「高瀬?」
「はいっ」
自らの大声で我に返った。ラブソングはとっくに終わり、車のCMで流れているお洒落なナンバーに変わっている。
いま、なにが起こっていたんだっけ。そうだ。ふたりでなにか食いに行きたい、って──あれ?もしかして、誘ってもらってる?
「夜、なに食いたい?」
「え、と……なんだろ。海鮮丼、は朝だよね。あとはやきとり弁当、シスコライス、カレー、ラーメン?」
「名物を並べろとは言ってないんだけどな」
乾いた声に右を向くと、彼は大きな目をきゅっと細めて笑っている。横顔、綺麗なんだよね。前からだと丸めに見える鼻も、こうして見るとすっと通っている。それに、顎のラインがシャープだ。そこから伸びる首は意外と太く、大きく出っ張った喉仏が男らしい。
──好き、だな。やっぱり。
顔よりも声よりも、一緒にいるときの空気感が好きだ。あの夜を越えてから、わたしたちの間に流れる空気は確実に変わった。勘違いでなければ親密な方向に。ほんの時々、甘い方向に。
「ホテル、五稜郭の近くだよな。その辺で適当に探すか」
小さく頷くと、ふっと頭を撫でられた。肩を揺らしたわたしに、「悪い、仕事中だった」とわざとらしく笑う。
今日の東は心なしか上機嫌だ。函館出張がそんなに嬉しいのだろうか。それとも──ほんの少しくらいは、わたしと同じ気持ちだったりしないのかな。高望み、しすぎかな。
「……東となら、たぶん、なんでも楽しい」
「え?」
「だから、どこでも、いい」
青春を歌うバンドのヒットナンバーに紛れてしまえばいい。だけど、聞こえていてほしい。恋に関することになると、感情はいつも天邪鬼になる。
「それ、俺もだわ」
その笑顔を真正面から見たかった、と思う。1パーセントの勝率に賭けるのは、愚かなことなのかな。
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