#7 恋に落ちる真夏の夜更け

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──Side 隆平 「ああ、あの人が高瀬さん。電話だとちょっときつい感じがしたけど、会ってみるとそうでもないね」  函館営業所の営業二係長とは面識があった。といっても、最後に会ったのは二年も前のことだ。そのころに比べると目尻の皺が確実に増えている。 「いやー、綺麗な人だねえ。脚なんかこう、触ったら折れちゃいそうに細くて……あ、これ、セクハラかな。内緒にしてね」 「はい」と笑顔で返し、内心で「クソが」と毒づく。おまえなんかに触らせてたまるか。そもそも、若い社員捕まえてどこ見てんだよ。これだから、その歳でまだ係長職なんだよ。 「今日、本当に行かない?せっかく札幌から来たのに」 「ええ。平日ですし、皆さんお忙しいと思うので」 「そう?じゃあ、高瀬さんだけでも」 「高瀬は酒が飲めないので」  真っ赤な嘘を平然と並べ、「そろそろ失礼するぞ」と小さな肩を叩く。研修会の資料を手に談笑していた高瀬が、「もう?」と唇を尖らせた。相手は、電話やメールで何度もやりとりしているという女性社員だ。 「明日の午前中にまたお邪魔します。お時間取らせてしまって申し訳ありませんが」 「とんでもないです。明日もお待ちしていますね」  気持ちのいい返答に好感を持った。なぜなら、その女性社員は高瀬の顔ばかり見ていたから。  こういうシーンで色目を使われることには慣れている。自惚ればかりではないはずだ。受け取った名刺の裏にメッセージIDが書かれていることも多く、そこからそういう関係に至ったこともある。昔の話だ。  いまの俺にそんなものは必要ない。なぜなら、俺が抱きたいのはたったひとりだから。 「もっと話したかったな。残念」  文句を言いながらも、「やっぱり飲み会行こうよ」と口にしないことに安堵した。お腹すいたね、と見上げられて、その細い身体を腕の中に収めたい欲望が顔を出す。  好きだ、という、脆くも強い感情に揺さぶられているのは初恋以来のことで、大人と呼べる年齢になって新しい恋をするなど思ってもみなかった。だから俺は、高瀬を恋愛初心者だと笑えない。おそらく、俺たちのレベルは同じくらいだ。 「なに、食いたい?」 「それ、車の中でも訊いてた。東も考えてよ」 「おまえとなら、なんでもいいかな」  函館営業所が入ったビルを出てふたつ目の信号を右折したところで、彼女の手をひったくった。ここから先は、ふたりの時間だ。
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