#7 恋に落ちる真夏の夜更け

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「うん、エモい」  嬉しくなって、握り返した手にぐっと力をこめた。路地に所狭しと並ぶ出店たちと、途切れることを知らない人波。同僚ではない距離を保ちながらそこに突入する、恋人ではないわたしたち。 「なんか食う?あ、でも、夜飯入らなくなるか」 「ここでいいよ。明日の夜もあるし」 「それもそうだな」  東が「暑いな」と上着を脱いでワイシャツを捲り上げたので、わたしもジャケットを脱いだ。急遽新調したトップスは、胸の辺りにフリルがついた半袖ニット。クロップド丈のベージュのパンツに合わせ、紺色を選んだ。 「あ、りんご飴、可愛い」  左手に見えたカラフルな屋台に思わず足を止めた。赤、オレンジ、黄色に紫。小さなりんごがコーテイングされたオーソドックスなものから、いちご、ぶどう、みかん、パイン、キウイまで。スイーツやジュエリーのようにきらきらと並ぶそれらに、目が釘付けになってしまう。  小さいころから、可愛いものは好きだった。憧れの先輩と恋をする少女マンガも、魔法みたいな小瓶に詰められたマニキュアも。似合わないと諦めたのはいつだっただろう。友達に「つばきは絶対ショートだよ」と言われ、伸ばしていた髪を切ったころだろうか。 「おまえ、腹減ってるんじゃなかったのかよ」 「そうなんだけど……ね、フルーツ飴、可愛くない?」  手を繋いだまま呆れ顔の彼を見上げると、なにかを喉に詰まらせたような表情をされた。よく考えてみれば、男性がお祭りで食べなくてもいいものトップ3にはランクインしそうだ。はしゃぎすぎて変なことを言ってしまった。 「ごめん。普通にご飯っぽいもの食べよ」 「いや、じゃなくて。……おまえの無自覚、マジで怖い。もはやホラー」 「は?ホラーって、なに」 「こっちの話。で、どれにすんの?りんご?俺、いちご」 「ちゃっかり一番可愛いの選んでるし。似合うのが腹立つ」 「ほい、仲良しカップルさん。どれにする?」  色とりどりの飴の向こうから顔を覗かせたのは、白髪混じりの短髪のおじさんだった。額には白いねじりハチマキ。フルーツ飴ではなく、隣の焼きそば屋台のほうがはるかに似合っている。
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