#7 恋に落ちる真夏の夜更け

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「えっ、か、かっ……」 「りんごといちご、ひとつずつください」  わたしの動揺など露ほども知らないような顔で、さっと千円札を出す東。「いいよ、食べたいって言ったのわたしだし」「こんなのいちいち部下に出させるかよ」「部下って……いま、時間外」──理由はそれだけか、と口を閉ざしたわたしの唇にりんご飴を押しつけ、けらけらと笑っている。 「ほら、自分で持てよ」 「うん……あり、がと」  赤くつやつやと光る飴に、喜びを隠しきれない自分の顔が映る。やっぱり手を離してくれない東の、もう一方の手にはいちご飴。砂糖菓子みたいに可愛らしい顔に、それがよく似合っている。 「東、あざとい」 「おまえに言われたくない」 「わたし、あざとさから一番遠いタイプの女なんですけど」 「それだよ、それ。その天然あざとい、一生やってろ。でも、俺以外の前ではやるな」  なんだそれ。飴に口をつけて、ほんの少し舐めてみる。甘くて歯が溶けそうだ。このパリパリしたところを齧りたいけど勿体ない。どうしようかな、と舐めているうちに溶けて、あっという間に中のりんごに到達してしまう。 「覚悟してたけど、すげえ甘い。それ食ったらビールな」 「うん。りんご飴、可愛くて美味しい。ありがと」  東とりんご飴で両手が塞がっているなんてあまりにも幸せだ。さっきみたいに顔を見上げると、秒速で目を逸らされた。 「いや、だから……マジでクソあざとい。可愛いのはどっちなんだっての」──小さな飴はあっという間に彼の口の中に消えてしまって、代わりにため息を残される。  これは、褒められている、んだろうか。もしそうだとしたら、りんご飴よりもいちご飴よりも甘いのは、彼だ。
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