#7 恋に落ちる真夏の夜更け

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「にしても、すごくネチネチ言われたよね。本社さんには分からないと思いますけどぉ、って何回言われた?」 「23回」 「うそ、数えてたの」 「メモ取ってるフリして、正の字で」 「うわー、やるね。さすが我らのチームリーダー」  翌日、目的の訪問先を回り終えると時刻は18時近くになっていた。すっかり乗り慣れた助手席のシートに身体を預け、エアコンの送風口に手のひらを当てる。  海の街らしく風は強いが、高温と湿気を孕んだ熱風が吹きつけるだけで涼むとは程遠いのだ。すぐにジャケットを脱ぎ、畳んでバッグに入れ、500ミリペットボトル入りのお茶を口に含んだ。もうすっかり温くなっている。 「あの営業二係長の下で働くの、大変そうだよね。なんかさ、目線がじとっとしてんの」 「特におまえを見る目な」 「うそー、それはないって。自慢じゃないけど、セクハラも痴漢もされたことないよ」  そう返すや否や、東が不満げに睨みつけてきた。「おまえって」「なに?」「いや、いい。とりあえずホテルに車置くぞ」──発車するのと同時に、アップテンポなJポップがはじまる。たぶん、水曜22時に放送しているドラマの主題歌。 「車で行かないの?……あ、いや、わたしは乗せてもらってる身だから、東の言うとおりにするけど」 「おまえ、歩きたいんだろ?情緒感じたいんだろ?」 「そう、だけど」 「じゃあ、昨日みたいに市電に乗って、あの辺り散策しようぜ。俺、ベイエリアのスタバ見てみたい」  ──めんどくさい、って言わないんだ。  心臓が痺れたようにきゅんとする。思えば昨日もそうだった。りんご飴のあとも、クレープが食べたいと言ったわたしに付き合ってくれた。もちろんビールを飲んで焼き鳥や焼きそばも食べたから、「腹ん中めちゃくちゃだわ」と可笑しそうに笑っていた。
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