#7 恋に落ちる真夏の夜更け

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 残りは三分の二。坂上ははるか先に見えるが、どちらからともなく歩を緩めた。おそらく短い話ではないだろう。  ちょうどホテルの横に差し掛かったとき、ジャージを着た男子学生の集団がわたしたちの前を自転車で通り過ぎていった。近くに高校があるのかもしれない。人目を憚らず大声で笑い合うその無邪気さに、懐かしさと羨ましさをおぼえた。 「ガキのころからずっと好きで、高校1年の学祭の前日に告白して大学1年まで付き合ってた。お互い初カレ初カノで、全部初めてで、なにをするんでもたどたどしくて……思い出すと、恥ずかしいことばっか」  全部初めて──その言葉が彼の口から出た瞬間、胸に鋭い痛みが走った。誰にも本気にならない東が、唯一本気になった相手。東の「はじめて」はその人で、その人の「はじめて」も東。特別で、大切にしたい「はじめて」。 「情けない話、好きだったけど嫉妬してたんだろうな。あいつの家、地元じゃ有名な建設会社でさ。美人で頭も良くて、明るくて強くて……両想いになってからも、どこかでずっと引け目を感じてた」  全身がじんわりと汗ばんできた。絡まった指の隙間から滴り落ちそうだ。彼の額に浮かんだ水滴が、頬をひと筋伝っていく。 「大学も、あいつと同じところに行きたくて必死で勉強して……なんとか受かってふたりで札幌に出てきたときは嬉しかった。やっと親や周りの目から解放された、って互いのアパートを行き来したり」 「……なんで、だめになっちゃったの?」  言ってからはっとした。口を挟まずに最後まで聞こうと思ったのに。
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