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「地元にいたときはあいつ以外の女にまったく興味がなかったんだ。好きだったから、ってだけじゃない。ついていくのに必死だったんだよな。彼氏の座から引きずり下ろされないように」
「そんなの……その人だって、東が好きだから付き合ってたんでしょ?」
「当時の俺は、恋愛感情よりも嫉妬心と劣等感のほうが大きくなってた。あいつをどうしようもなく傷つけたくなったんだ。好きでもない女とセックスをしたのは、そのときが最初だったな」
その人──東の初恋相手の気持ちを考えると、胸の奥が軋むように痛くなる。ずっと一緒に過ごしてきた大好きな彼に裏切られるなんて、どんなに辛かっただろう。
だけど、東の気持ちを考えると、真綿で首を絞められているように苦しくなる。好きな人をひどく傷つけたくなるなんて、あまりにも悲しい。
小さな憧れが初恋に変わって、晴れて恋人同士になった。側から見れば紛れもなく幸せな恋だ。だけど、両想いになっても恋は終わりじゃない。むしろ、始まりはそこからなのかもしれない。
一度想いが通じ合ったからこそ、すれ違いを認めて修復していくのは難しい。小さな綻びも、積み重なれば大きな穴になる。
「現場を見られて、泣かれるか怒られるかどっちだってびびってたら、あいつ、意外と冷静でさ。別れようって言われて終わり。結局、卒業まで徹底的に無視されてた。申し訳なさも後悔もあったけど、どんどん派手になってくあいつを遠くから見てたら、最後に残ったのは虚無感だった」
函館山がぐっと近づいてきた。もう半分以上は来ただろう。彼のワイシャツから香る甘いシトラスが、わたしを時々現実に引き戻す。
「なんてことをしたんだ、って心の底でずっと思ってた。それからは、おまえも知ってるとおりの俺だよ。遊び人とか女たらしとか散々言われてきたけど、べつにどうでも良かった。そんなとき、地元でばったり再会したんだ。去年の正月に」
「去年の、お正月……」
東の仕事ぶりが目に見えて変わったのは、ちょうど去年の春ごろからだったと記憶している。それからたった半年でチームリーダーに抜擢だ。営業部外の同期に「あいつ、なにがあったんだ?」と目を丸くして尋ねられたっけ。
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