#7 恋に落ちる真夏の夜更け

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「信じ、られない。東が、わたしのこと……なんて、そんなの、嘘。ぜったい」 「嘘じゃねえよ。告白なんて何年ぶりだと思って」 「知らないよ。そんなの、知らない。だって、絶対嘘だもん」 「嘘じゃないっての。俺はおまえが好きで、付き合いたくて、あわよくばおまえのはじめてを欲しいと思ってんの。ていうか、俺以外のやつにやるなんて許さない」 「もう……ほんとに、なに言ってるの」 「好きだ。おまえを俺のものにしたい。おまえの大切にしているものが欲しい。教えるとかそんなんじゃなくて、彼氏として」 あまりにも信じられない。これは夢?いや、現実だ。じゃあ、冗談か罰ゲーム?……いくら性格に難ありと言えども、こんなところで笑えない冗談をかましてくるような人ではないはず。 心臓が爆発しそう、という比喩を使う日が来るとは思わなかった。だけど、文字通り心臓は爆発しそうだし、脳味噌は沸騰寸前だし、膝は骨が抜かれたように力が入らない。 ふらついたわたしを、彼が支えてくれた。シトラスの匂いが鼻を掠めて、はっと目が覚める。 「そんなに泣かれたら、さすがの俺でも傷つくんだけど」 「違うって、だから」 「もう分かったから、一応、返事聞かせ……」 「好き」 ワイシャツに包まれた逞しい腕を掴んで顔を上げた。え、と零した彼の唇をつま先立ちで奪う。 いままで彼と交わしたキスの数々が脳裏に蘇って、切なさと愛しさがこみ上げた。 このひと言が言いたかった。数え切れないくらい心の中で反芻してきた、たったの二文字。想うだけなら簡単なのに口にするのはとてつもなく難しい、軽いようで底なしに重い二文字。 ゆっくり離れると、丸い目をもっと丸くして「え?いや……え?」と拍子抜けしたように唇を撫でている。可愛いな、と嬉しくなってもう一度背伸びをした。そして、好き、と呟く。 「ずっと、ずっとずっと、好きだったの。初めて会ったときから好きだった。あの夜に誘ったの、偶然じゃないよ」 「初めて会ったときから、って……おまえが異動してきたのって」 「三年前。ごめん。ずっとそんな目で見てたなんて、気持ち悪いよね」  時が止まったように固まっている東の身体を揺さぶり、「引いた?」と尋ねてみる。一呼吸置いたあとに「いや」と短く返され、その口元が堪えきれないように緩む。
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