#8 801号室、夜半のふたり

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「つばき」  熱を持った掠れ声がわたしの名前を呼ぶ。浮遊感と似た幸福感が押し寄せて、喉の奥が熱くなる。 「大切にする。俺ができる、精一杯」  強引なのに乱暴ではない口づけが感情を昂らせていく。ベッドの上でキスをされるのは二度目だ。唇を重ね合うという行為は同じのはずなのに、気持ちが違うだけでまったくべつのものになる。離れた瞬間に零れ落ちないようにと、必死で彼の首に腕を回す。 「もっと力抜けよ。ゆっくり可愛がってやるから」  首筋の生温かい感触に夢中になっているうちにブラウスを暴かれて、貧相なキャミソール姿を晒していた。思わず両腕で覆うと、「隠すなよ」と彼が唇を尖らせる。 「だ、って……ほんとにちっちゃいの。ていうか、もはやないに等しい」 「それはないだろ。こうして見たって、少しはあるぞ」  少しは、という言い方にカチンと来てしまい、思い切り顔を逸らしてやった。いままで何人の女性の裸を見てきたんだろう。わたしはきっと最下位だ。脱いだ瞬間に「やっぱりナシ」と言われてしまう可能性だって、大いにある。 「……悪い。言い方がまずかった」 「見せたくない。見たら絶対にチェンジって言うもん」 「言わねえよ。なんだよ、チェンジって」 「せっかく、好き、って言ってくれたのに……嫌われたく、ない」  目が潤んで、すぐそこにある東の顔がぼやける。「嫌いに、ならない?」──涙を堪えながら問い掛けると押し黙ってしまった。今度は、ムードを壊してしまったのかと不安になる。  どうしたらうまく事を運べるのだろう。いっそのこと、恥じらいなど全部捨ててしまえればいいのに──。 「……なるわけ、ないだろ。それよりその顔、俺以外の前では禁止。だめ、絶対」 「なにそれ、標語」 「くだらねえところだけ鋭く拾うな。いいから黙って、俺に委ねてればいいんだよ」  鎖骨にキスが落ちてきた。くすぐったくて声が出る。一日中働いていたことを思い出し、「いっぱい汗かいてるから」と身体をよじったけれど、時すでに遅し。「べつにいい、逆にそそる」って、変態発言だと捉えてもいいかな。
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