#8 801号室、夜半のふたり

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「……りゅう、へい」  ずっと触れてみたかった髪をくしゃくしゃに乱し、耳朶にキスをした。ピアス穴の痕が残るそこに、すき、と吹き込む。口に出した瞬間に、すき、が胸いっぱいに溢れてくる。 「だいすき。たぶんね、隆平、の好き、の千倍は好き」 「なんだよ、それ」 「だって三年分だもん。明日になって全部夢だったら、やだな」  それを想像すると泣けてきて、ごまかすようにしがみついた。めいっぱい腕を回してやっと届く背中の広さに、息が止まるくらいときめいてしまう。この人がわたしの彼氏になったなんて、やっぱり、きっと夢だ。 「……いつか、おまえのクソあざとさに殺される日が来ると思う」 「え?」 「急に名前呼んで大好きとか言ってんじゃねえよ。死ぬかと思っただろ」 「そんな」 「千倍とか三年分とか、好きな女に言われる俺の気持ちを考えろ。このバカ」  もう手加減しないからな。タンクトップを脱ぎ捨てた東──もとい隆平が、丸い目を尖らせてじっと見つめてきた。汗ばんだ肌と肌がじわりと擦れ合う。わたしたちを隔てていたものが、ひとつずつなくなっていく。 「期間だけで気持ちの重さを量るなよ。それが無意味だって、俺はすげえよく知ってんだよ」  スカートとストッキングを同時に下ろされ、纏っているのは淡い水色のショーツのみ。隆平はそんなわたしの姿を見下ろしてため息をつき、もどかしげに革ベルトを引き抜く。 がっしりと逞しいのに引き締まっていて、薄くて平らなわたしの身体つきとは全然違う。スラックスの下のボクサーパンツ姿に思わず目を覆うと、「俺のここ、どうなってると思う?」と意地悪な微笑みを投げてきた。 「……しら、ない。見たこともないし」 「おまえのせいで、こう(・・)なってる」 「えっ、あの、さっきから当たってるのって」 「色気がないって、どの口が言ってんだろうな」  他人はおろか、自分でもきちんと触れたことのないところ。ショーツの上から探るように指を這わされ、火を灯されたように熱くなっていく。
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