#8 801号室、夜半のふたり

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 悪い、ちょっと待ってろ。隆平が急に身体を起こしてくるっと背中を向けてしまった。熱が離れてしまったことに不安をおぼえ、わたしもつられて起き上がる。 「りゅう、へい……?わたし、なにか」 「……暴発する」 「え?」 「おまえ、それで自覚ないって……凶器だ、もはや」  はあ、と床にめり込むようなため息をついたあと、一呼吸置いてこちらに向き直ってくれた。安心したのも束の間、わたしの両肩を掴み、「俺、全然主導権握れてなくないか。だから部下にも舐められるんだ」などと突拍子もないことを言い出す。 「主導権、は……がっつり握ってる、よね?」 「握ってるように見せかけて、おまえに握られてるような気がしてならない」 「まさか」 「無自覚マジ怖い。早いとこ俺だけのものにしておかないと」  勢いよく押し倒され、激しいキスが降ってきた。息継ぎもままならないのに、いくら胸を押し返してもやめてくれない。合間に囁かれる「好きだ」が、再びわたしを溶かしていく。キスに夢中になっていたはずが、知らないうちに脚を絡ませ合って互いの身体を撫で合っている。  隆平の髪、首筋、背中、脇腹、腰。いつも見ていたのに知らなかった、あなたの身体。  好き、が苦しくてたまらなかった三年間が蘇る。こんなふうにあなたと触れ合う日が来るなんて、想像したこともなかった。好きな人と裸で触れ合えることがこんなに幸せだなんて、初めて知った。  主導権、ちゃんと握っていて。なにも知らないわたしが迷子にならないように。これからは、心も身体も全部、あなたに握られていたい。 「つばき、俺、もう無理。もっと慣らしてやるつもりだったんだけど」  ごめん、我慢できない。彼の指が再び中心部を割っていく。さっきより湿っているのは明らかだ。溢れてやまない、ぬるぬるとした感触が纏わりついて、シーツに滴ってしまわないか心配になる。 「優しく、する。できるだけ」 「うん」 「おまえのはじめて、大切にするから。俺でよかった、って思ってもらえるように」  すごく近くにあるはずの彼の顔が見えない。涙のせいで視界がぼやけてしまうのは勿体ないから、いまからは泣かないようにしよう。 「つばき──」  隆平が言葉の続きを飲み込んで訪れた沈黙の中、微かに耳慣れた音がした。足元の方だ。たぶん、わたしのバッグの中か、脱ぎ捨てられた隆平のスラックスのポケットの──。
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